まとめ(要点)
視能訓練士(しのうくんれんし)は、眼科領域でリハビリテーションや専門的な検査を担当する、国家資格を持つ医療専門職です。主な役割は、眼科医の指示のもとで、こどもの弱視や斜視といった視機能を回復させるための矯正訓練を行ったり、緑内障や白内障の診断・治療に必要な精密な検査を担当したりすることです。
視能訓練士の業務は大きく分けて以下の4つです。
- 視能矯正:弱視や斜視など、両眼で物を見る機能に問題がある場合に、視機能の回復を目的とした訓練を行います。
- 視機能検査:視力、眼圧、視野など、眼科医が正確な診断を下すために不可欠な様々な検査を担当します。
- 健診業務:3歳児健診などで、子どもの目の発達に関する問題を早期に発見し、適切な治療へとつなげる役割を担います。
- ロービジョンケア:病気やけがで視力が低下した方に対し、補助具の選定や使い方についてアドバイスし、生活の質の維持をサポートします。
眼科医が目の病気の診断や手術、薬の処方など、あらゆる医療行為を担うのに対し、視能訓練士は医師のパートナーとして検査やリハビリテーションを通じて医療を支えています。また、眼鏡の作製を専門とする「眼鏡作製技能士」とも役割が明確に異なります。
視能訓練士の法的な定義と役割
視能訓練士(Certified Orthoptist, CO)は、1971年に制定された「視能訓練士法」に基づく国家資格を持つ医療技術者です。法律上、その業務は「医師の指示の下に、両眼視機能に障害がある人の両眼視機能を回復するための矯正訓練や、これに必要な検査を行うこと」と定められています。
ここには2つの重要なポイントが含まれています。
一つは「医師の指示の下に」という点です。視能訓練士は、自ら診断を下したり治療方針を決定したりすることはありません。常に眼科医と連携し、医師が立てた治療計画に基づいて専門的な検査や訓練を実施する、信頼される医療チームの一員です。
もう一つは「両眼視機能」という言葉です。これは、右目と左目がチームとして働き、脳でその情報を一つにまとめて立体的に物を見る能力を指します。この機能がうまく発達しないと、片方の目の視力が育たない「弱視」や、両目の視線がそろわない「斜視」といった状態になることがあります。視能訓練士は、この両眼視機能のスペシャリストです。
視能訓練士の業務を支える4つの柱
視能訓練士の専門業務は、もともと弱視や斜視の訓練が中心でしたが、現在では眼科医療全般に広がり、主に次の4つの柱に支えられています。
1. 視能矯正 – 目のリハビリテーション
視能訓練士の業務の中で最も中心となるのが視能矯正です。特に、視機能が発達する大切な時期にあるこどもの「弱視」や「斜視」が主な対象となります。
視能訓練士は、まだ症状をうまく伝えられない子どもに対しても専門的な検査を行い、一人ひとりの状態に合わせて手術を必要としないリハビリテーションの計画を立て、実施します。これは「目の理学療法」ともいえる専門性の高い分野です。
2. 視機能検査 – 診断を支えるデータ収集
眼科医療の質は、いかに正確な検査データを得られるかにかかっています。視能訓練士は、眼科医が的確な診断を下し、適切な治療方針を立てるために不可欠な、客観的で精密なデータを提供するパートナーです。
視能訓練士の業務は、視力検査や眼圧測定などの基本的な検査から、緑内障の進行具合を調べる視野検査、白内障手術のために必要な術前検査まで、多岐にわたります。専門的な機器を使って行うこれらの検査は、質の高い眼科医療を支える基盤となっています。
3. 健診業務 – 病気の早期発見への貢献
視能訓練士は、クリニックや病院の中だけでなく、地域社会の公衆衛生においても重要な役割を担っています。
代表的なものが、自治体で行われる3歳児健康診査への参加です。視機能の発達において3歳という年齢は非常に重要で、この時期に弱視などの問題を発見し治療を開始できるかどうかで、その後の回復具合が大きく変わることがあります。視能訓練士は専門家としてこのスクリーニングに参加し、見過ごされがちな目の問題を早期に発見することに貢献しています。
4. ロービジョンケア – 生活の質を支える支援
病気やけがなどにより視機能が低下し、眼鏡や手術でも十分な視力が得られなくなった方々を支援することも、視能訓練士の大切な仕事のひとつです。
このケアは、単に視力を測るだけではありません。患者さんが日常生活の中で困っていることを丁寧に聞き取り、拡大鏡や遮光眼鏡などの補助具を選び、その使い方を指導します。残された視覚を最大限に活かし、自分らしい生活を続けるための支援を行っています。
眼科医療チームにおける専門職の役割分担
日本の眼科医療は、役割の異なる専門家たちの連携によって成り立っています。主に「眼科医」「視能訓練士」「眼鏡作製技能士」の3つの専門職があり、それぞれの役割は法律などによって明確に区別されています。
項目 | 眼科医 | 視能訓練士 | 眼鏡作製技能士 |
---|---|---|---|
主な役割 | 目の専門医 | 医療関連職 | 眼鏡の専門家 |
資格 | 医師国家免許 | 視能訓練士国家免許 | 国家技能検定資格 |
主な業務 | 診断、薬物治療、外科手術 | 視機能検査、視能矯正訓練 | 眼鏡作製、視力測定、調整 |
薬の処方 | 可能 | 不可 | 不可 |
手術 | 可能 | 不可 | 不可 |
主な職場 | 病院、クリニック | 病院、クリニック | 眼鏡販売店 |
- 眼科医は、医学部を卒業した医師であり、目の病気の診断、治療、手術のすべてを行う権限を持つ唯一の専門職です。アイケアチームのリーダーとして、治療の最終的な責任を負います。
- 視能訓練士は、前述の通り、眼科医の指示の下で検査や訓練を行い、医療を専門技術で支える役割です。
- 眼鏡作製技能士は、2022年に始まった国家技能検定資格で、眼鏡作製の専門家です。顧客の要望に合わせて最適なレンズを選び、フレームの調整も行う技術を持っています。診断や治療といった医療行為は担当しません。この新しい資格制度により、眼科医・視能訓練士が「医療」を、眼鏡作製技能士が「視力補正器具の提供」を担うという役割分担が、さらに明確になりました。
国際的な視点から見た日本の視能訓練士
日本の視能訓練士制度は、世界的に見ても特徴があり、確固たる地位を築いています。
「オプトメトリスト」との違い
アメリカやイギリスなどでは「オプトメトリスト」という専門職が、初期の目の健康管理(プライマリ・アイケア)を担っています。彼らは緑内障などの診断や薬の処方、場合によっては小手術まで行うことができ、幅広い権限を持っています。
一方で、日本にはこのオプトメトリストという国家資格は存在しません。日本では、診断や治療といった医療行為はすべて眼科医の独占的な業務とされています。眼鏡の作製は、医師の処方箋がなくても眼鏡店で行うことができます。
このような制度の違いから、日本では視能訓練士が公衆衛生で果たす役割がより重要になります。欧米ではオプトメトリストによる定期的な検眼が病気の早期発見につながりますが、日本ではその機会が限られるため、視能訓練士が行う3歳児健診のようなスクリーニングが、国民の目の健康を守るための重要な防衛線となっているのです。
数字で見る専門職としての確立
視能訓練士は、日本で着実に成長を続けている専門職です。
- 歴史:1971年に国家資格として法律が制定され、50年以上の歴史があります。
- 人数:有資格者は年々増えており、2023年4月時点で約19,000人となっています。これは世界でも最も多い人数であり、日本はこの分野の世界的なリーダーといえます。
- 教育:視能訓練士になるには、国が指定した養成課程を修了し、国家試験に合格する必要があります。新卒者の合格率は98.7%と非常に高く、質の高い教育体制が確立されていることを示しています。
このように、視能訓練士は安定して人材が育成されており、高い専門性を持つ確立された専門職であるといえます。