福岡には、米軍基地のある佐世保や岩国方面からも多くの米軍退役軍人(US Veterans)の方が来院されます。
彼らが抱えている悩みは、「英語が話せる眼科が見つからない」ことだけではありません。
「英語が話せるだけでなく、米軍の複雑な評価システム(DBQ)を深く理解し、責任を持って書類を作成できる医師が見つからない」
これが、彼らが直面している現実です。
この記事では、なぜ私が、この多くの手間と高度な専門性を要する「米軍退役軍人のための眼科検診(C&P Exam)」を引き受けているのか、そしてどのような姿勢で取り組んでいるのかについて、実情を交えてお伝えしたいと思います。
英語力だけでは完結しない「評価」と「意見」
「英語が話せる眼科医であれば対応可能だ」と思われるかもしれません。しかし、実際の業務において、語学力はあくまで「最低限のツール」に過ぎません。
米軍の障害年金申請(Disability Claim)に使用される書類は、一般的な紹介状や診断書とは根本的に異なります。これらは退役軍人局(VA)が定める連邦規則(CFR)に基づいた、法的文書(Legal Document) として使用される性質を持つからです。
ここには、日本の日常診療では意識することのない、2つの大きな課題が存在します。
1. 38 CFR 4.79 が求める「DBQ」の具体的記述
まず、現状の障害を評価する DBQ (Disability Benefits Questionnaires) です。
眼の障害認定基準は、38 CFR 4.79 という連邦規則で細かく定められており、眼科医はすべての所見をこの基準に照らし合わせて記述する必要があります¹。
- 複視(Diplopia)の評価
単に「複視がある」という記載では不十分です。「中央20度以内にあるか」や「上方・下方・側方のどの領域(Quadrant)に出現するか」を、ゴールドマン視野計などの指標を用いて正確に記録しなければなりません²。 - 視野欠損(Visual Field Defect)
自動視野計(Humphrey)の結果を添付するだけでは不十分な場合があります。障害認定のためには、中心視野と周辺視野のどちらが、どの程度損なわれているかを、特定の経線(Meridian)に沿って数値化し、VA独自の計算式に当てはめることができる形で報告する必要があります³。
2. 因果関係を考察する「IMO (Medical Opinion)」
その中でも、さらに専門的な知見を要するのが、IMO (Independent Medical Opinion) の作成です。
これは、「現在の眼の病気が、過去の軍務に起因しているかどうか(Nexus)」を医学的に考察するものです⁴。
ここでは、「軍務に関連している可能性が、関連していない可能性と同じくらいある(at least as likely as not)」といったVA特有の定義に基づいて、医学論文などのエビデンスを引用しながら、論理的な意見書を作成しなければなりません。
単に診察するだけでなく、過去の膨大な記録と現在の症状を結びつける、法医学的な視点が求められるのです。
この重責を担う理由

当院は開院当初から英語での診療を行っており、毎週数名の英語圏の患者さんが来院されます。
英語での診療自体は、日常となっている状態です。

しかし、米軍退役軍人の方々のケースは少し事情が異なります。
彼らの多くは、米国退役軍人省(VA)の公式なネットワークを通じて当院への受診を指定され、佐世保や岩国といった遠方から足を運ばれます⁵。
それは、「日常会話レベルの英語が通じる眼科」は見つかったとしても、「膨大な規定と法的要件を熟知し、責任を持ってDBQやIMOを作成できる指定医療機関」 が不足しているという背景があるからです。
遠路はるばる来院される彼らは、長年にわたる過酷な任務による身体的な負担を抱えながら、日本で生活している方々です。
もし彼らが、言語や制度の違いによって、本来受けるべき正当な社会保障へのアクセスを断たれているとすれば、それは医療における「不平等」なのかもしれません。
国籍や背景に関わらず、困っている患者さんに適切な医療評価の機会を提供すること:
そのように考えて、私は必要な専門知識の習得(研鑽)を重ね、長くこの業務に従事しています。
正確さ:Accuracy is Everything

DBQ や IMO の作成においては、曖昧さは許されません。
一つひとつのデータや医師の意見が、患者さんの生活を支える年金や補償に直結します。
「先生、私の申請(Claim)に通るよう、書いていただけますか?」と、尋ねられたことがあります。
私はその際、必ずこうお伝えすることにしています。
「お気持ちはとても分かります。しかし、医師として事実と異なることを書くことはできません。事実に基づかない記述は、かえって公正な審査を妨げるおそれがあります。その代わり、医学的な事実(Facts)に関しては、VAの基準に則って一言一句正確に記載します。そして、正当な評価が書類の不備で却下されることのないよう、全力を尽くします」
これが、医師としての誠実さであり、責任であると考えています。
そのため、当院では通常の診療よりも多くの時間をかけて問診と検査を行い、VAのガイドラインに合致したレポートを作成しています。
チームの力
この検査業務は、決して私一人で完結するものではありません。
視野検査や精密な屈折検査など、正確な眼科検査を行うには、検査員と患者さんの明確なコミュニケーションが不可欠です。
これを母国語以外の言葉で、しかも米軍の基準に沿って行うことは、メディカルスタッフにとって大きな責任と緊張を伴います。単なる「案内」ではなく、検査の意図を英語で理解し、正確に遂行する能力が求められるからです。
当院の 視能訓練士(Certified Orthoptists, CO) とスタッフの皆さんに、心からの感謝を伝えたいと思います。
言葉の壁や複雑な手順があるにもかかわらず、スタッフの皆さんは高いプロ意識(A team effort)を持って、この業務に向き合ってくれています。
また、必要な専門英語を学び、根気強く患者さんを誘導し、正確なデータをとってくれます。
たける眼科が米軍退役軍人のコミュニティに貢献できるのは、スタッフ一人ひとりの日々の献身と、チームとしての協力があってこそです。
福岡で、この役割を担うために
当院は、福岡市早良区の西新駅と藤崎駅の間に位置しており、地下鉄でのアクセスも良好です。

もしこの記事を読んでいるみなさまが米軍退役軍人の方であったり、あるいはそのご家族、または医療仲介の担当者であれば、知っておいていただきたいことがあります。
「英語対応が可能」なだけではなく、
「キャリアと人生に関わる重要な書類(DBQ/IMO)を、チーム一丸となって誠実に、正確に仕上げる準備ができている」 医療機関です。
この業務には多くの時間と専門知識、そしてスタッフの高い意識が必要であり、決して安易に引き受けられるものではありません。
医療のプロフェッショナルとして、この役割を果たし続けることにしています。
参考文献
- Electronic Code of Federal Regulations (eCFR). 38 CFR 4.79 — Schedule of ratings—eye.
https://www.ecfr.gov/current/title-38/chapter-I/part-4/subpart-B/subject-group-ECFRaef02c2cebadb31/section-4.79 - Veterans Benefits Knowledge Base. Rating Schedule for The Eyes.
https://www.veteransbenefitskb.com/eyes - Office of Information and Regulatory Affairs. EYE CONDITIONS DISABILITY BENEFITS QUESTIONNAIRE.
https://www.reginfo.gov/public/do/DownloadDocument?objectID=23454001 - Veterans Benefits Administration. Public Disability Benefits Questionnaires (DBQs).
https://www.benefits.va.gov/compensation/dbq_publicdbqs.asp - Department of Veterans Affairs. Claims Process and Compensation and Pension Exams by Contracted Physicians. Congress.gov.
https://www.congress.gov/crs_external_products/R/PDF/R47163/R47163.9.pdf - Department of Veterans Affairs. VA Claim Exam (C&P Exam).
https://www.va.gov/resources/va-claim-exam/
【免責事項 / Disclaimer】 本記事は、眼科専門医の立場から医学的評価(DBQ/IMO)の重要性と当院の取り組みについて述べたものです。障害年金の受給決定(Rating Decision)は米国退役軍人省(VA)の管轄であり、当院が受給資格や等級を保証するものではありません。
Disclaimer: This article provides information on medical evaluations (DBQ/IMO) from the perspective of an ophthalmologist. The final decision regarding disability ratings and benefits lies solely with the U.S. Department of Veterans Affairs (VA). Takeru Eye Clinic does not guarantee specific outcomes or ratings.
![たける眼科 | 福岡市早良区 高取商店街[西新駅/藤崎駅]](https://takeru-eye.com/wp-content/uploads/2022/10/takeru_logo_for-WP-header.png)

