「内科では甲状腺の数値は安定していると言われたのに、鏡を見るたびに顔つきが変わっていくようで不安になる」
「目が飛び出して見える、あるいはまぶたが腫れて別人のようになってしまった」
このような悩みを抱えて眼科を訪れる患者さんは少なくありません。
甲状腺眼症(Thyroid Eye Disease, TED)とは、内科的な数値が正常でも、目の奥で炎症が進行している可能性がある病気です。
眼科における炎症治療で重要なことは、組織・細胞そのものの機能を損なわないように行うことです。
眼球の炎症は、光を通すための「透明性」を維持したまま治すことが不可欠です。

同様に、目の周囲の組織でも、炎症が「瘢痕(はんこん:傷跡)」を残すと、その後の視機能や顔貌に深刻な影響を及ぼします。
一度、組織の瘢痕化が進んで硬くなってしまうと、元の柔軟な状態や形状に戻すことはきわめて困難です。
炎症の「活動期」に適切な処置を行えるかどうかが、将来を左右するとても重要なこととなります。
甲状腺の数値と目の症状は必ずしも一致しない

甲状腺眼症(Thyroid Eye Disease, TED)は、バセドウ病などの自己免疫性甲状腺疾患に伴って、目の周りの筋肉や脂肪に炎症が起きる疾患です¹。
日本国内データを解析した大規模調査では、発症率は年間10万人あたりおよそ7〜11人とされています³ ⁴。
| 指標 | 統計値・傾向 |
| 国内推定患者数 | 約25,000〜35,000人(活動性および非活動性を含む) |
| 罹患率 | 10万人年あたり7.3〜11.1人 |
| 男女比 | 女性が約73〜76%と圧倒的に多い |
| ピーク年齢(二峰性) | 女性:40代前半および60代前半。男性:40代後半および60代後半 |
この数字を身近な例で例えると、
満員の福岡ドーム約2.5回分(約10万人)の観客の中で1年間に新しく診断される人が、ちょうど「野球の1チーム(9〜11人)」ほど現れるという規模感です。
決して多い人数ではありませんが、特定の誰かに突然起こっても不思議ではない確率といえるでしょうか。
もっとも重要な事実は、血液検査上の甲状腺ホルモン値と、目の症状の進行が必ずしも連動しないという点です。
TED患者の約90%は甲状腺機能亢進症を伴います。
一方で、甲状腺機能が正常、あるいは低下している状態で発症する方もいます⁵ ¹。
「数字が正常だから様子を見よう」と放置している間に、目の奥では組織が徐々に変性し、瘢痕化へと向かっている場合があります。
特に喫煙習慣がある方は、炎症が重症化しやすく、治療への反応も低下すると分かっています¹ ⁹。
そのため、禁煙が強く推奨されます。

目の周囲に現れる主要なサインと臨床的意義
TEDは、単に目が腫れるだけの病気ではありません。
炎症によって組織が肥大し、その後に硬くなることで、以下のような機能的・外見的な問題を引き起こします。
- 眼瞼後退(がんけんこうたい):上まぶたが吊り上がり、黒目の上の白目が見えるようになります² ¹。
- 眼球突出(がんきゅうとっしゅつ):目の奥の脂肪や筋肉が腫れることで、眼球が前方に押し出されます²。
- 複視(ふくし):目を動かす筋肉である外眼筋(extraocular muscles)が炎症を起こし、その後、瘢痕化して硬くなることで、目の動きが制限され、ものが二重に見えるようになります⁸。
- 視神経圧迫:腫れた組織が目の奥で視神経を締め付け、視力低下や視野の欠けを招く、もっとも警戒すべき状態です¹。
これらの症状は、炎症が「活動期」にあるうちに抑え込むことで、瘢痕化による後遺症を最小限にできる可能性があります。
臨床活動性点数(CAS)の網羅的確認とその限界
医師が現在の炎症の勢いを評価する際、世界的に用いられているのが臨床活動性点数(Clinical Activity Score, CAS)です。
以下の7項目を診察時に網羅的に確認し、3項目以上が該当すれば「活動期」と判定されます⁵。
- 自発痛:じっとしている時に感じる、目の奥の痛みや重い感じ。
- 眼球運動痛:上下左右に目を動かした時に感じる痛み。
- 眼瞼発赤:まぶたの皮膚が赤くなっている。
- 結膜充血:白目の表面を覆う膜が赤くなっている。
- 眼瞼腫脹:まぶたが腫れている(特に朝方に強い傾向)。
- 涙丘・半月ひだの腫れ:目頭付近のピンク色の組織が赤く腫れている。
- 結膜浮腫:白目の表面の膜がゼリー状にむくんでいる。
この点数化は診察室で簡便に行える優れた指標です。
一方で、重大な見落としにつながるおそれもあります。
この評価は主に「まぶたや結膜といった表層の所見」に基づきます。
そのため、眼窩深部で炎症が進行している状態を、過小評価してしまうことがあります⁶ ⁷。
表面が静かであっても、奥で炎症が起きている状態を見逃すと、不可逆的な瘢痕化を招いてしまいます。
MRIを用いた客観的な深部炎症の評価

表面所見の評価だけで生じる盲点を補い、正確な診断につなげるために、
MRI(磁気共鳴画像法:Magnetic Resonance Imaging)による評価が強く推奨されます。
特に、炎症による組織のむくみを鮮明に映し出す「T2強調画像」が重要視されます⁷。
近年の研究では、信号強度比(Signal Intensity Ratio, SIR)という客観的な指標が、診断精度の向上に役立つと報告されています⁸ ⁶。
これは、外眼筋の明るさを脳の組織などの基準と比較して数値化したものです。
SIRが高い、つまり筋肉が白く明るく写っている場合は、表面の点数が低くても「活動期の炎症が存在する」と判断し、早期の治療介入を検討する根拠となります⁷。
逆にSIRが低ければ、
炎症はすでに鎮静化して、瘢痕化へと向かった「非活動期」へと移行していることが分かります。
治療の展望:瘢痕を最小限にするために
TEDの治療は、炎症の時期に合わせて2段階で進めます。
活動期の治療:炎症を速やかに鎮める
治療の第一段階は、火事場のような「活動期」において速やかに炎症を鎮め、組織の変性を食い止めることです。
ステロイドパルス療法と放射線照射
点滴による強力な抗炎症治療(ステロイドパルス)や、眼窩への低線量放射線照射が標準的な選択肢として確立されています⁵ ¹⁰。これらは炎症を抑え、視神経へのダメージを最小限に抑えることを目的としています。
2024年に国内承認された薬物療法:テプロツムマブ(テッペーザ®)
2024年9月、日本国内でもテプロツムマブ(Teprotumumab, テッペーザ®)という生物学的製剤が活動期TEDに対して承認されました¹¹。
炎症の引き金となる受容体を直接抑えることで、従来の治療では難しかった眼球突出そのものの改善が期待できる画期的な選択肢となっています¹¹ ¹²。

この時期の目標は、炎症を速やかに鎮めて瘢痕化を防ぐことです。
ステロイドパルス療法や、眼窩(がんか)への放射線照射が標準的な選択肢となります⁵ ¹⁰。
さらに、2024年9月には、日本国内でもテプロツムマブ(Teprotumumab)という生物学的製剤が承認されました¹¹。
これは、炎症の引き金となる受容体を直接抑えることで、眼球突出そのものの改善も期待できる選択肢となっています¹¹。
非活動期の治療:残った後遺症を整える外科的な修復
炎症が完全に落ち着いた後(非活動期)、組織は「瘢痕(しこり)」として固まります。
この段階では薬による改善が難しいため、外科的なアプローチによって本来の機能と外見を取り戻すための修復を行います(機能回復)。
甲状腺眼症の手術には、以下の厳格な優先順位があります。
個々の状態に合わせつつこの順序で進めることが、機能と外見のバランスを整える上で合理的であると考えられています¹⁰。
眼窩減圧術(がんかげんあつじゅつ)
突出した目を元に戻すために、目の奥の骨を削ったり脂肪を取り除いたりして、スペースを広げます。この手術を行うと、目の位置やまぶたの開き方が大きく変わるため、最初に行われることが一般的です⁵。
斜視手術(しゃししゅじゅつ)
減圧術によって目の位置が確定した後、残った「複視(二重に見える症状)」を改善するために、目を動かす筋肉の付着部を調整します。
眼瞼手術(がんけんしゅじゅつ)
最後に、まぶたの形を整えます。目の位置や動きが定まった後で、仕上げとしてまぶたを調整するのが、機能的にも整容的にも望ましい手順とされています⁵。
このように、段階を踏んで一つひとつ丁寧に修復していくことで、病気によって失われた生活の質を再び取り戻していくことが可能になります。
未来への見通し:甲状腺眼症の早期診断がもたらすもの
甲状腺眼症は、診断のタイミングがその後の人生を左右する病気です。
「顔つきが変わってしまった」という悩みは、単なる見た目の問題ではありません。社会生活を営む上での切実な問題になり得ます。
しかし、網羅的な診察とMRIによる客観的な深部評価を組み合わせることで、炎症が「取り返しのつかない瘢痕」に変わる前に食い止めることができるでしょうか。
現在の病気の状態がどのフェーズにあるのかを正しく理解し、将来的な影響を最小限にとどめるために:
適切な時期に客観的な評価を受けることが重要と考えます。
参考文献
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https://medicalupdateonline.com/2024/10/tepezza-teprotumumab-trbw-receives-approval-in-japan-for-the-treatment-of-active-thyroid-eye-disease-amgen/
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