先日、地域の小児科の先生方を対象に開催された勉強会で、こどもの目の疾患についてお話しする貴重な機会を頂戴しました。熱心にご聴講くださり、心より御礼申し上げます。
その際、先生方より多くの実践的なご質問を頂戴し、日常診療でのご疑問やご関心の高さを改めて実感いたしました。眼科との連携がより円滑になり、こどもたちの視機能を守る一助となればとの思いから、特にご質問の多かった項目についてQ&A形式でご説明します。
Q1. 3歳児健診でスポットビジョンスクリーナー(SVS)を使う際の信頼性と判定基準は?
A1. スポットビジョンスクリーナー(Spot Vision Screener, SVS)は客観的で有用な機器ですが、その精度は「どの判定基準を用いるか」に大きく依存します。感度と特異度のバランスを正しく理解することが重要です。
3歳児健診は、弱視の早期発見における極めて重要な機会です。しかし、従来の視力検査はこどもの協力度によって精度が左右されるため、客観的な評価が可能なSVSの有用性が高まっています。
SVSは、弱視の危険因子(Amblyopia Risk Factors, ARF)を検出するための有効なツールです。
ただし、どの「要精査(リファー)」の基準値を採用するかによって、その検出精度が大きく異なることを理解しておく必要があります。
ある国内の研究では、SVSに内蔵されている基準(A基準)と、日本弱視斜視学会などが推奨する基準(J基準)が比較されました。
- A基準: 感度(危険因子を持つこどもを正しく陽性と判定する割合)は91%と高い一方、特異度(危険因子を持たないこどもを正しく陰性と判定する割合)は33%と低い結果でした。このため、見逃しは少なくなりますが、必要以上に多くのこどもが精査対象となり、偽陽性が増える可能性があります。
- J基準: 感度は85%とやや低下しますが、特異度は44%に改善し、不要な眼科受診を減らせる可能性がありました。
| 判定基準 | 感度(ARF陽性の的中率) | 特異度(ARF陰性の的中率) | 臨床的特性 |
| A基準 | 91% | 33% | 見逃しは少ないが偽陽性が増加する |
| J基準 | 85% | 44% | 感度は微減するが不要な精査を抑制する |

スクリーニングにおける感度と特異度は、常にトレードオフの関係にあります。
感度を優先すると、より多くのリスクを見つけることができますが、
その分、実際には問題のないこどもまで眼科を受診することとなり、保護者の方の不安が増したり、医療機関の負担が重くなる場合があります。
先生方がSVSの結果を解釈する際には、どの基準が用いられているかを把握し、その特性を理解することが不可欠です。
地域の眼科医療体制や健診の目的(網羅的な拾い上げか、効率的なスクリーニングか)に応じて基準を運用することが、効果的な弱視発見システムの構築につながります。
3歳児健診における 視覚検査マニュアル(日本眼科医会)
https://www.gankaikai.or.jp/school-health/2021_sansaijimanual.pdf
Q2. 見た目では分かりにくい「不同視弱視」や「微小斜視弱視」を見つけるための観察ポイントは?
A2. こどもの何気ない仕草が、重要な兆候(サイン)となります。
不同視弱視(左右の屈折度数に大きな差がある弱視)や微小斜視弱視は、顕著な外見上の異常がないため「静かなる病気」と呼ばれます。脳が見えにくい方の目からの情報を無意識に抑制するため、こども自身が不自由を訴えることは少なく、保護者の方も異変に気づきにくいのが特徴です。
保護者の方から「見え方に問題はなさそうです」という言葉があったとしても、それが正常な視機能の証明にはなりません。診察室で注意すべき微細な兆候(サイン)には、以下のようなものがあります。
- 片目ずつの遮閉に対する反応差: 検者や保護者の方の手で片目を隠した際に、左右で嫌がり方に明らかな差がある場合、不同視弱視の有力な手がかりとなります。良い方の目を隠されると、急に見えにくくなるため、こどもは強く抵抗することがあります。
- 頭位異常(ヘッドティルト): 無意識に頭をわずかに傾けたり回したりして、両目で見やすい位置を探している仕草です。
- 固視の不安定さ: 片方の目での固視が安定しない、または視線がわずかに揺れる様子が見られます。
これらの観察ポイントは、SVSなどの客観的なスクリーニング結果と合わせて考えることで、より正確な眼科への紹介が可能になります。
こどもも保護者の方も自覚症状がないまま進行してしまうため、感受性期を過ぎると治療が難しくなります。したがって、潜在的な問題を積極的に探す姿勢が非常に重要です。
Q3. 近視予防に「1日2時間の屋外活動」が推奨される科学的根拠は?すでに近視のこどもにも効果はありますか?
A3. 屋外活動は近視の「発症予防」に極めて有効です。しかし、すでに進行が始まった近視を「抑制する」効果は限定的とされています。
「1日2時間の屋外活動」という推奨には、十分な科学的根拠が示されています。
複数の大規模なメタアナリシスによって、屋外で過ごす時間の増加が近視の「発症」を強力に予防することが示されています。
この効果のメカニズムは、主に太陽光、とくにその「光の強さ(高照度)」が関与すると考えられています。
屋外の明るい光が網膜を刺激し、神経伝達物質であるドーパミンの放出を促進します。
このドーパミンが、眼球が前後に伸びる「眼軸長伸長」を抑制し、近視化を防ぐとされています。
しかし、臨床的に注意すべき点があります。メタアナリシスのデータを詳細に解析すると、
屋外活動の強力な効果は、まだ近視になっていないこどもの「発症予防」において顕著である一方、
すでに近視が進行しているこどもの「進行抑制」に対しては、統計的に有意な効果が認められていません。
したがって、保護者の方にご説明する際には、この事実を正確にお伝えする必要があります。
- 未発症のこども(特に両親が近視であるなど)へは、一次予防戦略として屋外活動を強力に推奨する。
- すでに近視が進行中のこどもへは、健康的な生活習慣として奨励しつつも、それ単独での治療効果を期待するのではなく、低濃度アトロピン点眼などの医学的介入の必要性を説明する。
「外遊び」がすべてのこどもに同じ効果があるわけではなく、
こどもの目の状態によって効果が変わることを伝えることが大切と考えます。
Q4. なぜ室内照明の光ではなく、太陽光が良いのですか?「バイオレットライト」とは何ですか?
A4. 太陽光に豊富に含まれる「バイオレットライト」が、近視進行を抑制する特殊な光受容体を活性化させるためです。現代の室内は、この光が欠乏した環境といえます。
太陽光による近視抑制効果を解明する中で、特定の波長の光、すなわちバイオレットライト(波長360-400 nm)が重要な役割を担っていることが、日本の研究グループによって明らかにされました。
そのメカニズムは、網膜に存在する「OPN5(ニューロプシン)」という特殊な光受容体を中心に展開します。
- OPN5は、視覚そのものには関与しない光受容体で、バイオレットライトを特異的に感知します。
- OPN5が活性化されると、網膜の後ろにある血管豊富な層である脈絡膜(みゃくらくまく)の厚みを維持するように働きます。
- 脈絡膜の厚みが維持されることで、眼軸長の伸長が抑制されると考えられています。
現代の室内環境は、UVカット機能を持つ窓ガラスやLED照明により、バイオレットライトが大幅に遮断された「欠乏環境」である可能性が高いと考えられます。
ブルーライトカットも、小児にはむしろ有害とされています。

たとえ「明るい室内」で過ごしていても、近視抑制に重要な生物学的なシグナルを十分に受けることができていないのです。このことは、「なぜ窓際にいるだけでは十分ではなく、実際に屋外に出る必要があるのか」という疑問に対して、強い科学的な根拠となります。
Q5. 低濃度アトロピン点眼薬(リジュセア®)の「リバウンド」とは何ですか?
A5. 一般に点眼中止後に近視進行が加速する現象を指しますが、0.025%製剤(リジュセア®)においては、中止後のリバウンドは認められないことが確認されています。
低濃度アトロピン点眼薬は、小児の近視進行抑制においてエビデンスが確立された薬物療法です。日本国内の臨床試験(ORANGE STUDY)では、リジュセア®(0.025%)を2年間使用した群は、偽薬群と比較して、屈折度数の進行を約39%、眼軸長の伸長を約32%抑制する効果が示されました。
アトロピン治療で懸念される「リバウンド」とは、点眼中止後に近視の進行が一時的に加速する現象を指し、通常は高濃度のアトロピンほど顕著に現れます。
しかし、日本国内で実施された最新の研究(ORANGE STUDYの追跡調査)によれば、リジュセア®(0.025%)は、2年間の治療を終了して中止した後の1年間においても、近視進行の加速(リバウンド)は認められませんでした。中止後も抑制効果が維持されるという、非常に優れた特性が示されています。

この結果は、リジュセア®が安全かつ安定した近視管理の手段であることを裏付けるものです。
保護者の方にご説明する際には、「リバウンドのリスクが極めて低いこと」を安心材料としてお伝えしつつ、近視の進行が落ち着く思春期以降まで、適切な期間にわたり管理を継続する大切さをお話しいただければと思います。
Q6. こどもへのオルソケラトロジー処方は安全でしょうか?
A6. 家庭での厳格な衛生管理と定期検診の遵守が絶対条件です。これらが満たされれば、安全かつ有効な選択肢となり得ます。
オルソケラトロジー(Ortho-K)は、就寝中に特殊なレンズを装用し、角膜の形状を一時的に変化させることで、日中の裸眼視力を改善する方法です。近視進行抑制効果も確認されています。
安全性に関して、日本眼科学会は20歳未満への処方を「慎重処方」と位置づけています。これは、治療の安全性が使用者本人と保護者の方の管理能力に大きく依存するためです。
最も重篤な合併症である角膜感染症のほとんどは、不適切なレンズケアに起因します。

こどもへの処方においては、以下の点が絶対条件となります。
- 保護者の方の深い理解と協力: レンズの洗浄・消毒、着脱の管理は保護者の方が主体となって責任を持つ。
- 厳格な衛生管理の遵守: ガイドラインで推奨されるレンズケアを毎日確実に実行できる。
- 定期検診の徹底: 3ヶ月ごとの定期検診を必ず受診する。
この治療は単なる「製品」ではなく、眼科医・保護者の方・こどもの三者間で結ばれる「医療上の契約」に近いものです。この契約をしっかり守れるご家庭かどうかを総合的に見極めることが、安全な治療の第一歩となります。

Q7. まぶたのアトピー性皮膚炎にステロイド軟膏を塗る際の注意点は?
A7. 眼瞼へのステロイド外用は、眼圧を上昇させるリスクがあります。タクロリムス軟膏への切り替えや、眼科へのご紹介を積極的に検討すべきです。
小児のアトピー性皮膚炎、特に眼瞼(まぶた)の湿疹に対するステロイド外用薬の使用は、ステロイド緑内障のリスクを伴います。
- 小児はリスクが高い: こどもは成人よりもステロイドに眼圧が反応しやすい特性(ステロイドレスポンダー)が高い頻度で認められます。
- 眼瞼皮膚は薄い: 眼瞼の皮膚は非常に薄いため、外用したステロイドが容易に眼内に吸収され、点眼薬と同様に眼圧を上昇させる可能性があります。
- 症状なく進行する: 緑内障による視野障害は、初期には自覚症状がありません。気づいた時には、すでに視神経の障害が深刻なレベルまで進行している場合もあります。
日本アトピー性皮膚炎診療ガイドラインでは、眼囲の治療において、眼圧上昇のリスクがないタクロリムス軟膏(プロトピック®)が安全な代替薬として推奨されています。
小児科の先生方におかれましては、眼瞼へのステロイド処方は可能な限り短期間にとどめ、
長期化する場合にはタクロリムスへの切り替えや、眼科へのご紹介をためらわないでいただくことが非常に重要と考えます。
特に2週間を超えるような継続使用が予想される場合は、眼科での眼圧測定を依頼することを強く推奨します。
お忙しい診療の中、最後までお読みいただきありがとうございました。
本記事が、先生方の日常診療の一助となれば幸いです。
参考文献
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