「乾かないドライアイ」:まぶたの縁「マイボーム腺」を清潔に保つ

「ドライアイ」という言葉から、「目が乾いて涙が足りない状態」を想像されるかと思います。
しかし、現代の眼科医学における知見は、「ドライアイ」の一般的なイメージを大きく覆すものです。
驚くべきことに、
ドライアイと診断される患者さんの約8割は、実は涙の量が正常、あるいはむしろ多い状態なのです。

涙があふれているのに「ドライアイ」と診断される—この一見矛盾した現象は、「蒸発亢進型ドライアイ(Evaporative Dry Eye)」と呼ばれる病態に起因します。

「蒸発亢進型ドライアイ(Evaporative Dry Eye)」:問題の本質は「涙の量」ではなく「涙の質」にあります。

まぶたの縁に並ぶマイボーム腺という小さな脂腺の機能不全が根本原因となり、涙が過剰に蒸発することで様々な眼不快感が生じます。

ドライアイの概念は2019年に大きくパラダイムシフトして、現在では「涙液層の不安定性」が診断の中心となりました。
「どれだけ涙があるか」ではなく「涙が目の表面でどれだけ安定しているか」が重要です。
従来の「涙を増やす」治療から「涙の質を改善する」治療へ、方向性は大きく変化しています1

パラダイムシフト:従来の考え方や概念の枠組みが、根本的かつ革命的に変化すること。
ここでは、ドライアイを「涙が少ない状態」と考える従来の概念から、「涙液層の安定性の問題」という新しい理解への転換を指します。

現代眼科医学における「乾かないドライアイ」の真実と、マイボーム腺ケアを中心とした現在の治療アプローチについて、科学的根拠に基づいて解説します。
目の不快感でお困りの方が、適切な理解と対処法を見つける一助となれば幸いです。

目次

パラダイムシフト:涙の「量」から「質」への転換

日眼会誌. 123 (5): 489-592, 2019

2019年、ドライアイの診断基準は革命的な変更となりました。
従来の「涙が少ない病気」という定義から、「涙液層の不安定性を主体とする多因子疾患」へと概念が大きく転換しました。
この変更の背景には、ドライアイの本質が単なる水分不足ではなく、涙液層全体の質的問題にあるという科学的知見の蓄積がありました。

新しいドライアイ診断の中核:涙液層破壊時間(BUT)

現在のドライアイ診断において最も重視されるのは、涙液層破壊時間(BUT: Break-Up Time)という指標です2
BUTは瞬きをした後、涙の層に最初の破綻(ドライスポット)が生じるまでの時間を秒単位で測定するものです。

正常では10秒以上を保ちますが、ドライアイでは5秒以下に短縮します。

眼科の診察室ですぐできる検査です。

重要なのは、
BUT検査が「涙の安定性」を測定するため、シルマー検査のような「涙の量」を測定する検査とは異なる情報をもたらすことです。

蒸発亢進型ドライアイ:現代社会で急増する病態

眼科臨床では、ドライアイは「涙液減少型(ADDE: Aqueous Deficient Dry Eye)」と「蒸発亢進型(EDE: Evaporative Dry Eye)」の二つに大別されます3
前者が従来の「涙が少ない」タイプであるのに対し、後者は「涙は十分あるが蒸発しやすい」タイプです。

蒸発亢進型ドライアイは現代社会で急増しており、その背景には長時間のデジタルデバイス使用によるまばたきの減少、空調環境での生活、コンタクトレンズの普及、高齢化などの要因があります。
これらは全て、涙の質を低下させるマイボーム腺機能不全(MGD)のリスク因子となります。

蒸発亢進型ドライアイの主な症状:

  • 一般的なドライアイ症状: 乾燥感、異物感、目の疲労感、かすみ目、充血
  • 特徴的な涙液異常症状: 涙があふれるのに乾く感覚、反射性流涙、瞬きによる一時的改善
  • 時間・環境による変動: 朝より夕方に悪化、デジタルデバイス使用後の悪化、エアコン環境での症状増悪
  • 眼瞼(まぶた)関連所見: まぶたの縁の発赤・腫れ、まつ毛の根元のフケ(コラレット)、眼脂の増加
  • 日常生活への影響: 長時間のPC作業が困難になる、以前は問題なく使えていたコンタクトレンズが不快に感じる、目の不快感による作業効率の低下

涙の「量」だけでなく「質」にも着目した治療アプローチが重要です。

涙液層の3層構造:安定性の鍵を握る油層

ドライアイ

涙液層は油層(最外層)、水層(中間層)、ムチン層(最内層)の3層構造から成り、これらが適切にバランスを保つことで初めて健康な眼表面環境が維持されます。
油層は、マイボーム腺から分泌される脂質により形成され、涙の蒸発を防ぐバリアとして機能します。

マイボーム腺機能不全により油層が薄くなると、水層の蒸発が促進されます。その結果、たとえ涙の産生量が正常であっても、涙液層全体の安定性が損なわれ、様々なドライアイ症状が引き起こされます。
この現象は「乾かないドライアイ」とも呼ばれ、従来の概念を超えた新しいドライアイ理解の核心部分です。

マイボーム腺機能不全:「蒸発亢進型ドライアイ」の中核病態

蒸発亢進型ドライアイの根底にあるのは、まぶたの縁に沿って並ぶマイボーム腺の機能障害です。

マイボーム腺機能不全(MGD: Meibomian Gland Dysfunction)は、現代の眼科学において最も重要な眼表面疾患の一つとして認識されるようになりました4

マイボーム腺とは何か:涙の安定性を支える脂腺

Takeru Yoshimura, M.D., Ph.D.

たける眼科
takeru-eye.com
福岡市早良区「高取商店街」
西新駅/藤崎駅(福岡市地下鉄)

日本眼科学会 眼科専門医
医学博士(九州大学)

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