ヒアルロン酸フィラー注射後、瞬時に失明する危険性と対処

美容目的のヒアルロン酸注射後、目の奥「網膜」の血管が詰まって瞬時に失明に至ることがあります。

ヒアルロン酸注射は英語では “Dermal filler” 、日本語では「ダーマルフィラー」「ヒアルロン酸フィラー」とも呼ばれます。
皮膚内にある潤い成分のヒアルロン酸を注入してしわの溝を埋めたり、唇・”涙袋”などのボリュームを出す美容医療の一般的な名称です。

一方、一般的なリスクとしては、腫れ、内出血、アレルギー反応などの副作用が挙げられます。

ヒアルロン酸注射(フィラー注射)で失明する原因は、ヒアルロン酸の粒子が血管に詰まって「網膜中心動脈閉塞症」を起こすことです。

日本眼科学会雑誌 第118巻 第9号(2014年)
美容整形目的で鼻背へヒアルロン酸注射後に眼動脈閉塞を来した1例
http://journal.nichigan.or.jp/Disp?style=abst&vol=118&year=2014&mag=0&number=9&start=783

救済できる方法・有効な治療法はほとんどありません。

美容整形の分野で注目を集めているヒアルロン酸注射は、しわやたるみの改善など、数々の美容効果が期待されています。しかし、最近ではその使用に伴う重大なリスクがあることもわかってきています。

中でも驚くべき事例として、ヒアルロン酸注射後 瞬時に失明するケースが報告されてきました。

美しさを求める手段には、慎重な選択が求められます。

ヒアルロン酸注射後の失明についての詳細と、安全性を確保するための注意点、ヒアルロン酸注射後に網膜血管閉塞が起こってしまった後の対処・予後について記載します。

美容外科医の友人から質問される機会もあり、以下にまとめました。

目次

ヒアルロン酸注射で瞬時に失明する危険性と対処

ヒアルロン酸注射が顔面動脈に間違って入る理由:解剖学的視点から

顔面フィラー注射の場合、眉間、内側中顔面、鼻唇溝、鼻背に注射した場合、上眼窩動脈、眼窩上動脈、口角動脈、鼻背動脈から血管が侵入する可能性がある1

*グラベラ:眉毛の間にある、眉間の平らな部分のことを指します。この部分は、感情表現や顔の表情に影響を与える重要な領域です。

Beleznay, K., Carruthers, J.D.A., Humphrey, S., Carruthers, A., Jones, D., 2019. Update on Avoiding and Treating Blindness From Fillers: A Recent Review of the World Literature. Aesthetic Surgery Journal 39, 662–674. https://doi.org/10.1093/asj/sjz053

Beleznayらは、顔面フィラー注入後の失明 98症例を対象とした総説を発表しています2

眼合併症の原因となる最もリスクの高い注入部位は、小さい順に、

眉間(38.8%)
鼻領域(25.5%)
鼻唇溝「ほうれい線」(13.3%)
額(12.2%)

でした。

2019年の新しい総説では、顔面フィラー注入による失明 39症例を対象としています3

眼合併症のリスクが最も高い注射部位は、

鼻領域(56.3%)
眉間(27.1%)
額(18.8%)
鼻唇溝「ほうれい線」(14.6%)

でした。

ヒアルロン酸注射が目の動脈に詰まる理由:粒子の大きさと動脈径から


https://www.phdnest.com/morphology-of-bacteria-arrangement-shapes-sizes/

ヒアルロン酸の粒子:200-1,000ミクロン(µm)
それに対し、
眼の動脈の直径:500-1,000ミクロン(µm)
:内頸動脈の主要な枝であり、眼球とその周辺組織を含む眼窩の構造物に血液を供給する重要な役割を担っています4

ヒアルロン酸が誤って血管・特に細い動脈に注入されると、ヒアルロン酸の粒子は血管閉塞を引き起こす可能性があります。

ヒアルロン酸の粒子が目の動脈に詰まるとどうなるか?

カメラのフィルムに相当する部分「網膜」は、内頚動脈から分かれた網膜動脈によって栄養されています。

網膜中心動脈が詰まってしまうと、瞬時の失明につながります。

Scott, I.U., Campochiaro, P.A., Newman, N.J., Biousse, V., 2020. Retinal vascular occlusions. The Lancet 396, 1927–1940. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31559-2

網膜中心動脈閉塞症5
短時間で網膜の全体に血流が行き渡らなくなり、網膜の機能が阻害されることによって起こります。

網膜を栄養する動脈の根幹が詰まる「網膜中心動脈閉塞症」は、眼科の救急疾患でも最も恐れられます。

痛みを伴わず突然に、片目がほとんど見えない状態になります。

ヒアルロン酸注射後瞬時に失明した例

上記に挙げた総説で示される通り、たくさんの症例論文があります。
いずれも、非常に予後が悪いです。

ひとつの例として、2022年に米国眼科学雑誌症例報告(American Journal of Ophthalmology Case Reports)誌に掲載された症例報告を挙げます6

[症例報告]
43歳の女性、眼瞼にヒアルロン酸注射を受け、その後左眼の完全な視力低下を経験した症例。
受診時に、
・左額と上瞼の腫脹
・眼瞼下垂
・完全な眼球麻痺
・失明
を呈していた。
直ちに眼球マッサージを行い、アセチルサリチル酸(非ステロイド系抗炎症薬)、チンザパリンナトリウム(ヘパリン系抗凝固薬)、コルチゾン(ステロイド)を含む全身療法を開始し、元来の注射部位にヒアルロニダーゼ注射を行った。
その後の経過で、患者は壊死性・出血性の皮膚・粘膜病変、眼瞼下垂、前・後眼部虚血、連続的な眼球変形を伴う低眼圧症を発症した。
2ヵ月半の経過観察で、眼瞼腫脹、眼瞼下垂、眼瞼下垂は消失し、角膜症は改善した。
失明、皮膚病変、眼球運動低下を伴う斜視は依然としてみられ、まつ毛の脱落(madarosis)、早期の眼球陥凹(enophthalmos)が認められた。

ヒアルロン酸注射による網膜中心動脈閉塞症発症:実際に起こった時にどのように対処するか

複数の総説より、以下のようにまとめられます7, 8
いずれも、非常に視力予後不良です。

美容医療(自由診療)の合併症は、保険診療の適応となりません。

動脈内ヒアルロニダーゼ

ヒアルロニダーゼとは、ヒアルロン酸を溶かす酵素のことです。
この酵素はヒアルロン酸のフィラー中の粒子を分解し、詰まった動脈の血流を回復させる可能性があります。
動脈内に直接ヒアルロニダーゼを注入する方法です。
ただし、視力が完全に失われた場合においての効果は限定的です。
(容易な手技ではなく、おこなっている施設はほとんどないものと思われます)

網膜ヒアルロニダーゼ(球後注射)

眼球の奥(眼球後方)にヒアルロニダーゼを注入することで、ヒアルロン酸のフィラー中の粒子の溶解、血流の回復を試みられてきました。
しかしながら、視力が完全に失われた場合に血流の回復が成功するかどうかは限定的です。

球後注射:
以前は眼科手術時に麻酔薬を眼球の後ろに注入する手段として、日常的に行われてきました。
ブラインド操作(盲目的操作)のため、眼球穿孔(眼球に針が刺さってしまう)可能性があります。
眼科手術では、より合併症の少ない麻酔方法が行われるようになってきました。
そのため、眼科医で一般的ではない手技になりつつあります。

皮下またはテノン嚢下ヒアルロニダーゼ

皮下または眼球外側の空間(テノン嚢下)にヒアルロニダーゼを注入するものです。
球後注射に比べて、比較的に安全に注入することができます。
ただし、視力が完全に失われた場合の有効性は不明です。

経過観察

特に閉塞が完全な視力喪失に繋がっている場合には、積極的な介入を行わず経過観察を選択する場合もあります。

その他の手段

前房穿刺
眼圧を下げ、血流を再開させることを期待します。

動脈内血栓溶解療法/抗凝固療法
組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)やウロキナーゼなど
ヘパリンやワーファリンなど

出血性合併症のリスクを考慮する必要があるため、議論の余地があります。

コルチコステロイド療法
血栓を直接溶かすわけではありません。
患部の炎症や腫れを抑えることで血流を改善し、血栓がさらに形成されるリスクを減らすことができます。
閉塞の結果として起こりうる壊死や出血などの合併症のリスクを減少させるのにも役立ちます。

眼圧下降薬
血栓を直接溶かすわけではありません。
血流を改善し、閉塞した血管の圧力を下げることで、血栓がさらに形成されるリスクを減らすのに役立ちます。

参考文献

  1. Khan, T.T., Colon-Acevedo, B., Mettu, P., DeLorenzi, C., Woodward, J.A., 2017. An Anatomical Analysis of the Supratrochlear Artery: Considerations in Facial Filler Injections and Preventing Vision Loss. Aesthet Surg J 37, 203–208. https://doi.org/10.1093/asj/sjw132
  2. Beleznay, K., Carruthers, J.D.A., Humphrey, S., Jones, D., 2015. Avoiding and Treating Blindness From Fillers: A Review of the World Literature. Dermatol Surg 41, 1097–1117. https://doi.org/10.1097/DSS.0000000000000486
  3. Beleznay, K., Carruthers, J.D.A., Humphrey, S., Carruthers, A., Jones, D., 2019. Update on Avoiding and Treating Blindness From Fillers: A Recent Review of the World Literature. Aesthetic Surgery Journal 39, 662–674. https://doi.org/10.1093/asj/sjz053
  4. Li, X., Du, L., Lu, J., 2015. A Novel Hypothesis of Visual Loss Secondary to Cosmetic Facial Filler Injection. Annals of Plastic Surgery 75, 258. https://doi.org/10.1097/SAP.0000000000000572
  5. Scott, I.U., Campochiaro, P.A., Newman, N.J., Biousse, V., 2020. Retinal vascular occlusions. The Lancet 396, 1927–1940. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31559-2
  6. Davidova, P., Müller, M., Wenner, Y., König, C., Kenikstul, N., Kohnen, T., 2022. Ophthalmic artery occlusion after glabellar hyaluronic acid filler injection. Am J Ophthalmol Case Rep 26, 101407. https://doi.org/10.1016/j.ajoc.2022.101407
  7. Kapoor, K.M., Kapoor, P., Heydenrych, I., Bertossi, D., 2020. Vision Loss Associated with Hyaluronic Acid Fillers: A Systematic Review of Literature. Aesth Plast Surg 44, 929–944. https://doi.org/10.1007/s00266-019-01562-8
  8. Park, K.H., Kim, Y.-K., Woo, S.J., Kang, S.W., Lee, W.K., Choi, K.S., Kwak, H.W., Yoon, I.H., Huh, K., Kim, J.W., for the Korean Retina Society, 2014. Iatrogenic Occlusion of the Ophthalmic Artery After Cosmetic Facial Filler Injections: A National Survey by the Korean Retina Society. JAMA Ophthalmology 132, 714–723. https://doi.org/10.1001/jamaophthalmol.2013.8204
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次