緑内障は手術で治るのではありません。
眼圧がどうしても下がらなくなった時に、緑内障手術が考慮されます。
手術をしない治療法で眼圧を下げることができたら良いですね。
点眼薬による眼圧コントロールが難しい場合、
手術の前に検討される非侵襲的な治療として、SLT(選択的レーザー線維柱帯形成術)があります。
* 非侵襲的:眼の組織を傷つけない
当院でも2021年にSLTを導入しました。
2019年のLancet誌でSLTの効果が科学的に実証され、その後も相次いで続報が発表されました。
2024年に、30報をまとめた論文が発表されました。
緑内障治療の歴史的進展とSLTの発展について、概説を加えます。
緑内障レーザー治療SLT|2024年 30論文の検証
緑内障レーザー治療の歴史と進化:ALTからSLTへ
ALT(アルゴンレーザー線維柱帯形成術)の特徴
ALTはアルゴンレーザーを用いた従来の緑内障治療法¹で、1979年にWiseらによって報告されました。
線維柱帯への熱凝固により、永続的な組織構造の変化(組織破壊)を引き起こし眼圧下降を図ります。
治療直後は強い炎症反応を伴い、また、この不可逆的な組織変化のため再治療は困難です。
SLTの登場と有効性の検証
現在主流となっているSLT(選択的レーザー線維柱帯形成術)は
1995年にLattice & Photonicsi社のDr. Mark Latinaによって開発され、
2001年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を受けました。
日本では2014年4月から保険診療で実施可能となりました。
SLTには以下のような特徴があります:
- 組織への熱損傷が少ない
- 炎症反応が軽微
- 組織構造の変化が可逆的
- 必要に応じて再治療が可能
これらの特徴により、より低侵襲な治療法として発展してきました。
2011年、Bovellらの研究²により、様々なタイプの開放隅角緑内障患者において、5年間にわたってSLTとALTが同等の眼圧低下効果を示すことが報告されました。
この長期比較研究により SLTの有効性が初期段階で実証され、その後のSLT普及の科学的根拠となりました。
日本での臨床研究(2013)
新田らが日本眼科学会雑誌に報告した研究は、
日本人の正常眼圧緑内障(NTG)患者に対するSLTの有効性を示した重要な研究となりました³。
研究の概要
- 対象:正常眼圧緑内障(NTG)の患者
- 42例40眼
- すべての患者でSLTを第一選択治療として実施
- 期間:3年間の追跡調査
- 実施施設:福井県済生会病院眼科
主要な研究結果
持続的な眼圧低下効果
- 治療前:15.8±1.8 mmHg
- 治療後:13.5±1.9 mmHg
- 統計的有意差あり(p<0.001, paired t-test)
- 3年間にわたり効果が持続
視野障害の進行抑制
- MD slope / VFI slopeによる評価
- 3年間の視野障害進行が緩徐
- 視機能保護の可能性を示唆
日本人での安全性確認
- 重篤な合併症なし
- 正常眼圧緑内障への適応可能性
- 長期的な安全性を確認
この研究は、特に日本人に多い正常眼圧緑内障に対するSLTの有効性と安全性を実証した点で、日本の緑内障治療に重要な示唆を与えました。また、第一選択治療としてのSLTの可能性を示した先駆的な研究としても評価されています。
LiGHT研究(2019)
Gazzardら(2019年)が報告したLiGHT(Laser in Glaucoma and ocular HyperTension)研究は、緑内障治療におけるSLTの位置づけを大きく変える画期的な研究となりました⁴。
研究の概要
- 対象:開放隅角緑内障・高眼圧症の患者718名(1,235眼)
- SLT群:356名(613眼)
- 点眼薬群:362名(622眼)
- 期間:3年間の追跡調査
- 実施施設:英国の6つの眼科センター
主要な研究結果
長期的な眼圧コントロール
- SLT群の74%が3年間点眼薬不要
- 目標眼圧達成率がSLT群で有意に高い
- 眼圧変動が点眼薬群と比べて少ない
医療経済面での優位性
- 初期投資は高いが、長期的なコスト削減につながる
- 点眼薬の継続購入が不要
- 診察回数の削減が可能
治療の質の向上
- 点眼アドヒアランスの問題を解消
- 患者のQOL(生活の質)が改善
- 点眼による副作用や眼表面への影響を回避
※アドヒアランスとは、患者さんが医師と相談して決めた治療計画(お薬の服用や点眼など)を、自分の意思で継続的に実行できることです。
以前使われていた「コンプライアンス」という言葉は、医師の指示に従うという意味合いが強かったのに対し、アドヒアランスは患者さん自身の主体的な治療参加を重視する考え方です。
緑内障の点眼アドヒアランスとは、患者さんが決められた時間に正しい方法で点眼薬を使用し続けられることです。目の前に症状がなくても、視神経を守るために必要な毎日の点眼治療を継続する大切な取り組みです。
安全性の実証
- 重篤な合併症の報告なし
- 一過性の眼圧上昇は適切な管理で対応可能
- 長期的な安全性が確認
この大規模な臨床試験は、SLTが緑内障治療の第一選択肢として検討できる治療法であることを科学的に実証しました。
特に、高い治療効果と安全性に加えて医療経済的なメリットが示されたことは、今後の緑内障治療戦略に大きな影響を与えることが期待されます。
タンザニアでの臨床研究(2021)
PhilippinらによるレベルIの研究は、発展途上国における緑内障治療の新たな可能性を示した画期的な研究となりました⁵。この研究では、タンザアニアの実臨床環境下で、SLTと従来の点眼薬治療(チモロール)の効果を比較検討しました。
研究の概要
- 対象:タンザニアの3つの眼科センターの患者382名
- 期間:12ヶ月間の追跡調査
- 比較:SLT群とチモロール点眼群に無作為に割り付け
主要な研究結果
目標眼圧達成率:
- SLT群:61%の患者が目標眼圧を達成・維持
- チモロール群:31%の患者が目標眼圧を達成・維持
平均眼圧低下:
- SLT群:8.2mmHgの低下
- チモロール群:6.8mmHgの低下
※チモロール(β遮断薬):
チモプトール®、チモプトールXE®、リズモンTG®等の商品名で知られる緑内障の標準的な点眼薬。
下図の(2): 毛様体(上皮)での房水産生を抑制することで眼圧を下げます。
1日2回の点眼が必要で、気管支喘息や心臓病のある患者には使用できないなどの制限があります。
研究の重要性
発展途上国での実施可能性:
- 高価な点眼薬の継続使用が困難な地域でも実施可能
- 電力供給が不安定な環境でも実施できる治療法
- 医療へのアクセスが限られた地域での有効な選択肢
アドヒアランスの問題解決:
- 毎日の点眼管理が不要
- 薬剤の保管や使用方法の問題を回避
- 長期的なコスト削減効果
※アドヒアランスとは、患者さんが処方された薬を正しく継続して使用することを指します。
点眼薬の場合、毎日決められた時間に正しく点眼する必要があります。
医療システムへの影響:
この研究結果は、SLTが発展途上国における緑内障治療の重要な選択肢となり得ることを実証し、グローバルな医療格差の解消に向けた有望な治療法であることを示しました。
特に、継続的な薬物治療が困難な環境下での有効性が確認されたことは、世界の緑内障治療戦略に大きな影響を与える可能性があります。
米国眼科学会による統合的評価(2024)
米国眼科学会が発表した最新のレポート(Ophthalmology誌)で、Takusagawaらが緑内障治療におけるSLTの包括的なシステマティックレビューを報告しました⁶。
※ システマティックレビューとは、特定のテーマに関する研究を網羅的に収集し、科学的な手法で分析・統合する研究手法です。偏りのない包括的な情報収集と厳密な品質評価により、現時点での最も信頼できる科学的根拠を提供します。
システマティックレビューの概要
- 対象:2011年11月以降のSLTに関する30の研究
- 評価基準:オックスフォード大学のエビデンスに基づく医療センターの基準
- 研究の質:30研究中19研究が最高レベル(レベルI)のエビデンス
研究の選択基準
- 原著研究であること
- ランダム化比較試験であること
- 緑内障または高眼圧症に焦点を当てていること
主要な研究結果
SLTの基本的特徴と有効性
- 反復治療の可能性:ALTと比較して組織への構造的変化や凝固損傷が少ないため、繰り返し施行できる
- 治療の多様性:初期治療としても、既存の点眼薬治療の補助療法としても長期的に効果的
- 薬物療法との関係:術前後のステロイドやNSAIDs点眼薬使用は、眼圧低下効果を妨げない
包括的分析からの重要な知見
- 初期治療としての有効性:従来の点眼薬治療に代わる有効な初期治療オプションとなり得る
- 適応の広さ:LiGHT研究(開放隅角緑内障・高眼圧症)と新田研究(正常眼圧緑内障)から、幅広いタイプの緑内障に有効
- 長期的な効果:LiGHT研究(2019年)と新田研究(2013年)の3年間の追跡調査で、効果の持続を確認
- 高い安全性:全研究において重篤な合併症の報告なし
- 経済的メリット:LiGHT研究で示された費用対効果の改善から、医療経済的に有利な選択肢となる可能性
結論と今後の展望
このシステマティックレビューにより
SLTの臨床的価値について、以下の点で強固な科学的根拠が示されました:
- 初期治療としての有効性
- 長期的な効果の持続性
- 高い安全性
- 潜在的な医療経済的メリット
これらの結果は、SLTが緑内障治療において重要な役割を果たす可能性を強く示唆しています。
今後、さらに重要な治療選択肢となることが期待されます。
ただし、以下の点に注意が必要です:
- 個々の患者さんの状況に応じた慎重な治療方針の検討
- 担当眼科医との相談による最適な治療法の選択
また、これらの研究結果を踏まえ、より長期的な追跡調査や、より多様な患者群を対象とした研究の実施が期待されます。
参考文献
¹ Wise, JB & Witter, SL (1979), ‘Argon laser therapy for open-angle glaucoma: a pilot study’, Archives of Ophthalmology, vol. 97, no. 2, pp. 319-322.
² Bovell, AM, Damji, KF, Hodge, WG, Rock, WJ, Buhrmann, RR & Pan, YI (2011), ‘Long term effects on the lowering of intraocular pressure: selective laser or argon laser trabeculoplasty?’, Canadian Journal of Ophthalmology, vol. 46, no. 5, pp. 408-413.
³ 新田耕治, 杉山和久, 馬渡嘉郎 & 棚橋俊郎 (2013), ‘正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性’, 日本眼科學会雜誌, vol. 117, no. 4, pp. 335-343.
⁴ Gazzard, G, et al. (2019), ‘Selective laser trabeculoplasty versus eye drops for first-line treatment of ocular hypertension and glaucoma (LiGHT): a multicentre randomised controlled trial’, The Lancet, vol. 393, no. 10180, pp. 1505-1516.
⁵ Philippin, H, et al. (2021), ‘Selective laser trabeculoplasty versus 0.5% timolol eye drops for the treatment of glaucoma in Tanzania: a randomized controlled trial’, The Lancet Global Health, vol. 9, no. 12, pp. e1741-e1750.
⁶ Takusagawa, HL, et al. (2024), ‘Selective Laser Trabeculoplasty for the Treatment of Glaucoma: A Report by the American Academy of Ophthalmology’, Ophthalmology, vol. 131, no. 1, pp. 37-47.