妊娠中・授乳中:緑内障の管理

  • 緑内障の治療中に妊娠したら
  • 妊娠希望の時期に緑内障に罹患したら
  • 妊婦さんの緑内障:出産時のリスク/帝王切開の方が良いか?

緑内障の点眼薬は、妊娠中の安全を保証されていないものがほとんどです。
そのため、
・母体の緑内障の進行
・胎児の安全
双方を考慮する必要があります。

緑内障点眼の添付文書の多くには、

妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益
性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。

と記載してあります。

点眼して良いのか?悪いのか?
そのまま読むと、解釈が難しいですね。

1975年からFDA(Food and Drug Administration, アメリカ食品医薬品局)による「基準」がありました。
ほとんどの緑内障薬は、
「動物では有害事象有り・ヒトでは詳細にわかっていない」
のカテゴリーです。

シンプルでわかりやすいために、かえって混乱を招いてきたそうです。
そのため、2015年にFDAの基準が変更されました。

日本眼科学会の緑内障ガイドライン(第5版)より、
「妊娠中は緑内障薬を中止する」
が、基本の方針とされます1

実際は、

  • 現在の緑内障の状態を正確に把握して
  • 緑内障進行リスクと、健康な赤ちゃんが生まれること

を、患者さんひとりひとりと一緒に考えます。

幸いなことに
妊娠中は、一般的に眼圧が下がります。

・妊娠が分かった時点で、緑内障点眼を中止して眼圧をモニター
・出産後に緑内障点眼再開を検討

また、
・SLTにより眼圧を下げる
ことも有効な選択肢として考えられます。
(* SLT: selective laser trabeculoplasty, 選択的レーザー線維柱帯形成術

「妊娠中に緑内障治療を辞めたために、
元気な赤ちゃんが産まれたけどお母さんの視野欠損が進行してしまった」

とならないように、
眼科専門医は、慎重な判断をします。

妊娠中の緑内障検査・眼底検査は、通常通りおこなうことができます。
緑内障で点眼を続けているかたは、妊娠中の方針につき眼科専門医にお問い合わせください。

目次

妊娠中・授乳中:緑内障の管理

妊娠中は自然に眼圧が下がる

妊娠中に分泌が増える女性ホルモンは、眼圧を下げる働きがあります。
目の中の水の通り道「線維柱帯(せんいちゅうたい)」に作用して、水の通りを改善します2-4

眼圧

・プロゲステロン(黄色ホルモン)
体内の副腎皮質ステロイドのアンタゴニスト(反対の働き)となる3

・ヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)
・エストロゲン

以上を念頭に、目標眼圧を定めます。

妊娠中・授乳中の抗緑内障薬:全て危険性がある

妊娠中・授乳中に使用する抗緑内障薬の危険性について、明快なFDA分類は消滅しています。

1979年に、FDAにより緑内障薬のリスク分類が確立されました。

今は使われていない分類ですが、わかりやすいためにたくさんの文献に参照されます。
わかりやすいことから、誤解を生む問題点があります。

○・・胎児への影響がないことが、確認されている

A:動物○ ヒト○
B:動物○ ヒト(?)不明
C:動物X ヒト(?)不明
D:ヒトX 危険でも、母親の目の方が大事と判断される場合
 赤ちゃんへの危険性 < 母親の目を守る
 と判断される場合 
X:ヒトX 妊婦への危険の方が大幅に上回る
https://www.drugs.com/pregnancy-categories.html

ほとんどの抗緑内障薬は、Cに分類されていました。

2015年に改定され、個々の薬剤に対しての記載に変更されました。

この基準はもう使われていないのですが、
「妊娠中・授乳中:抗緑内障薬の全ては危険性がある」と判断します。

最新の日本眼科学会の緑内障ガイドライン1(第5版; 2022年2月発表)には、下記の記載があります。

BQ1(回答):
妊娠、出産、授乳時の原発開放隅角緑内障(primary open angle glaucoma:POAG)の薬物治療はどうするか?
妊娠、出産、授乳時においては原則的に緑内障薬物治療を中止する。
現在のところ、妊婦、胎児、ならびに授乳時における安全性が確立されている緑内障治療薬は存在しない。
妊娠中には眼圧が下降することが多いが、薬剤の中止により眼圧コントロールが悪化する場合には、レーザー治療や手術を考慮する。

妊娠前・妊娠中の緑内障治療:SLTの有用性

「緑内障治療薬を止めると眼圧が上がってしまう」
SLT(選択的レーザー線維柱帯形成術)の治療をすることで、必要な緑内障点眼薬を減らせる可能性があります5
手術ではなく、妊娠前・妊娠中でも外来でおこなうことができる安全な治療です。

SLTとは
目の中の水の通り道(線維柱帯)を弱いエネルギーで治療することにより、眼圧を下げる治療法です。
20年以上前から行われており、世界で最も信頼される医学雑誌のひとつ“Lancet6”にもその有効性が示されています。
予定通り眼圧下降できれば、緑内障点眼薬を中止または減らすこともできています。

眼のかたち「隅角」をみることで、SLTの適応があるかどうかを判断します。

妊娠中・授乳中の緑内障管理:FDAの分類が変更された理由

妊婦さんには以下のリスクもあります:
てんかん epilepsy
糖尿病 diabetes
高血圧 hypertension (high blood pressure)
喘息 asthma

また、高齢になるほど上記のリスクが上がります。
それぞれの方にとって、単純ではありません。

リスクとベネフィット どちらを取るか:
妊娠中・授乳中の情報 pregnancy and lactation information

参照可能でわかりやすい(Available and understandable)基準が重要であるとされました。

A, B, C, D, Xで分類した旧分類はシンプルでわかりやすかったのですが、
・勘違い(misinformation)につながる
・薬剤ごとの具体的なリスク等:適切な情報提供につながっていかない
ことが、問題とされました。
https://www.drugs.com/pregnancy-categories.html

2015年6月30日以降、承認される薬剤には全て妊娠中・授乳中の新しい記載(new pregnancy and lactation subsections)がされるようになっています。

妊娠中・授乳中の緑内障管理:2015年〜FDAの新しい基準

旧分類のA, B, C, D, Xは、現在では使用されていません。
その代わりに、薬剤ごとに個々の記載になりました。

Pregnancy and Lactation Labeling Final Rule(PLLR)

https://www.fda.gov/drugs/labeling-information-drug-products/pregnancy-and-lactation-labeling-drugs-final-rule

以下の3つの分類から、構成されます。

妊娠・出産:Pregnancy (includes Labor and Delivery)

  • 妊娠中の記録 Pregnancy Exposure Registry
  • 危険性のサマリー Risk Summary
  • 臨床的にできること Clinical Considerations
  • データ Data
    母体と胎児:薬剤の投与量に応じた潜在的な危険性(リスク)。

授乳中:Lactation (includes Nursing Mothers)

  • 危険性のサマリー Risk Summary
  • 臨床的にできること Clinical Considerations
  • データ Data
    以前は、授乳中の母親「Nursing Mothers」として記載されていました。
    授乳中に気をつけること:ヒト・動物実験の結果/薬剤動態 の観点から。

妊娠可能な(妊娠希望の)女性・男性:Females and Males of Reproductive Potential

  • 妊娠検査 Pregnancy Testing
  • 避妊 Contraception
  • 不妊 Infertility
    妊娠検査・避妊・不妊治療に対する薬物の影響。

以上のように基準はそれぞれによって定められており、とても煩雑です。
具体的な治療計画が求められます。

妊娠中・授乳中の緑内障管理:具体的な治療計画

2021年の総説7より、
妊娠中・授乳中の緑内障管理についての具体的な治療計画の記載です。

妊娠する前 Before conception

  • 抗緑内障薬のリスクと、妊娠中のフォローアップの計画を患者に伝える。
  • 包括的な眼科学的検査をおこなう。
  • 緑内障の病期分類、目標眼圧の設定。
  • 必要に応じて、妊娠前にレーザーや手術による治療を行う。

妊娠初期 First trimester

  • 抗緑内障薬を中止する/ブリモニジン(アイファガン®︎)を追加する/涙点を塞ぐ。
  • プロスタグランジン関連薬による治療を開始することは推奨されません。
    (キサラタン®︎・タプロス®︎・ルミガン®︎・トラバタンズ®︎・ビマトプロスト®︎等および
    PGを含む合剤:ミケルナ®︎・ザラカム®︎・タプコム®︎等)
  • 催奇形性の副作用や早産のリスクを防ぐため、手術は推奨されません。

妊娠中期 Second trimester

  • ブリモニジン(アイファガン®︎)を第1選択とした治療。
  • 第2選択としてのβブロッカー(β遮断薬):絶対に必要と判断された場合にのみ、追加してください。
    (ミケラン®︎・チモプトール®︎等およびβブロッカーを含む合剤)
    妊婦と胎児の状態を注意深く観察する必要があります。
  • プロスタグランジン(PG)関連薬は第3選択薬であるが、早産の危険性がある。
  • 追加で新たな薬剤を使うことが推奨されるときは、産科医と新生児科医の承認を得てから投与します。

妊娠後期 Third trimester

  • 妊娠36~37週以降、
    薬物に含まれる様々な生理活性物質に胎児がさらされると、出生時の諸症状の後に無気力になると言われています。
  • ブリモニジン(アイファガン®︎)は中止。
  • βブロッカーは、胎児の不整脈、徐脈、低血圧、中枢神経系の抑制を引き起こす可能性があります。
    胎児の不整脈、徐脈、低血圧、中枢神経系の抑制を引き起こす可能性があります。
  • プロスタグランジン(PG)関連薬は、早産のリスクを高めます(未熟児出産のリスク)。
  • 炭酸脱水酵素阻害剤のドルゾラミド(エイゾプト®︎・トルソプト®︎等)は、新生児に重度の代謝性アシドーシスを引き起こします。
  • 緑内障の(SLT, selective laser trabeculoplasty: 選択的レーザー線維柱帯形成術)は、すべての妊娠期間で行うことができます。
    2-3年で再度眼圧が上がるこれらの治療法は、他の治療法が可能になる妊娠末期まで眼圧を安定させることができる。

出産時 Birth

  • 産科医の25%、眼科医の3.6%が、緑内障患者には帝王切開での出産を推奨している。
  • 経膣分娩時のバルサルバ法が、母体の眼圧に悪影響を及ぼすことが原因となっています。
    (いきむことで眼圧が上がる)

産後 Postpartum

  • ブリモニジン(アイファガン®︎)は、中枢神経系の抑制を引き起こすため禁忌です。
  • βブロッカー(ミケラン®︎・チモプトール®︎等)は、先天性心疾患のある新生児に対しての母体には慎重に投与する。
  • プロスタグランジン関連薬(キサラタン®︎・タプロス®︎・ルミガン®︎・トラバタンズ®︎・ビマトプロスト®︎等)は半減期が非常に短いため、授乳直後に投与することで新生児の曝露リスクを軽減することができます。
  • 炭酸脱水酵素阻害剤(エイゾプト®︎・トルソプト®︎等)の投与(局所および全身):全身性の副作用は認められていない。

以上を参考にして、眼科のクリニックでは患者さんと一緒に考えます。

参考文献

  1. 日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会 日本眼科學会雜誌 126 (2): 85-177, 2022
  2. Anton, N., Doroftei, B., Ilie, O.-D., Ciuntu, R.-E., Bogdănici, C.M., Nechita-Dumitriu, I., 2021. A Narrative Review of the Complex Relationship between Pregnancy and Eye Changes. Diagnostics 11, 1329. https://doi.org/10.3390/diagnostics11081329
  3. Paterson, G.D., Miller, S.J.H., 1963. Hormonal Influence in Simple Glaucoma: A Preliminary Report. British Journal of Ophthalmology 47, 129–137. https://doi.org/10.1136/bjo.47.3.129
  4. Treister, G., Mannor, S., 1970. Intraocular Pressure and Outflow Facility: Effect of Estrogen and Combined Estrogen-Progestin Treatment in Normal Human Eyes. Archives of Ophthalmology 83, 311–318. https://doi.org/10.1001/archopht.1970.00990030313008
  5. Mathew, S., Harris, A., Ridenour, C.M., Wirostko, B.M., Burgett, K.M., Scripture, M.D., Siesky, B., 2019. Management of Glaucoma in Pregnancy. J Glaucoma 28, 937–944. https://doi.org/10.1097/IJG.0000000000001324
  6. Gazzard, G., Konstantakopoulou, E., Garway-Heath, D., Garg, A., Vickerstaff, V., Hunter, R., Ambler, G., Bunce, C., Wormald, R., Nathwani, N., Barton, K., Rubin, G., Buszewicz, M., Ambler, G., Barton, K., Bourne, R., Broadway, D., Bunce, C., Buszewicz, M., Davis, A., Garg, A., Garway-Heath, D., Gazzard, G., Hunter, R., Jayaram, H., Jiang, Y., Konstantakopoulou, E., Lim, S., Liput, J., Manners, T., Morris, S., Nathwani, N., Rubin, G., Strouthidis, N., Vickerstaff, V., Wilson, S., Wormald, R., Zhu, H., 2019. Selective laser trabeculoplasty versus eye drops for first-line treatment of ocular hypertension and glaucoma (LiGHT): a multicentre randomised controlled trial. The Lancet 393, 1505–1516. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)32213-X
  7. Anton, N., Doroftei, B., Ilie, O.-D., Ciuntu, R.-E., Bogdănici, C.M., Nechita-Dumitriu, I., 2021. A Narrative Review of the Complex Relationship between Pregnancy and Eye Changes. Diagnostics 11, 1329. https://doi.org/10.3390/diagnostics11081329

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