- 糖尿病は、網膜症・腎症・神経障害など、全身に合併症を引き起こす可能性があります。
- 目の合併症で最も恐れられているのが、糖尿病網膜症です。
- 網膜の血液循環が悪くなり、網膜に十分な栄養が行き渡らなくなります。
- 眼球内に炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質が放出され蓄積して、血管にダメージを与えます。
- これがやがて網膜の中心に水が溜まって視力が低下する「黄斑浮腫」の原因になります。
高血糖の状態は、内側から血管を傷つけます。
(血管内/血管外での複雑な免疫反応を介した結果です。)
最も細い血管から:
・網膜の血管
・腎臓の血管
・神経に分布する血管
3大合併症:網膜症・腎症・神経症の他にも、糖尿病は全身に合併症をきたします1。
糖尿病網膜症は、最も恐れられる眼の合併症となります。
網膜の血の巡りが悪くなります:「虚血」2
栄養が行き渡らない網膜は苦しくなり、炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質を目の中に放出します。
目の中は閉鎖空間:悪いタンパク質が溜まっていく状態となってしまいます。
傷ついた血管の壁はもろくなり、血管を流れる血液の水が漏れ出る状態になります。
黄斑部に水が貯まる「黄斑浮腫」:視力を下げる原因となります。
糖尿病網膜症の原因・治療:「高血糖は目の中の炎症を引き起こす」
炎症性サイトカインの働き:糖尿病網膜症で重要な2つの因子
糖尿病網膜症の眼球内(硝子体腔)では、数々の炎症性サイトカインが共通して貯まっていることがわかりました。
九州大学眼科在籍中の研究成果3です。
VEGF(血管内皮増殖因子)4
・血管の透過性を亢進させる働き
ものを見る一番大事な部分「黄斑部」に水が貯まる状態:浮腫
・新しい血管を生やす働き
新生血管は脆く、目の中の出血(硝子体出血)の原因となります。
IL-6(インターロイキン6)
IL-6も、糖尿病網膜症の悪化に関連している重要な因子です5,6。
標準治療とは:糖尿病網膜症診療ガイドライン
糖尿病の標準治療は、炎症を起こす「サイトカイン」をコントロールすることに繋がっています。
* 標準治療:大規模な科学的根拠に裏付けられた治療
眼科では、糖尿病網膜症ガイドラインに沿った対応をします7。
糖尿病網膜症の診断は眼底所見に加えて種々の検査を組み合わせ,総合的に行う必要がある.
糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1版). 日眼会誌. 124 (12): 953-953, 2020
細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いた標準的な眼科診察と
画像診断:OCT/OCTA/SLOを用いた診療をおこないます。
瞳孔を開かない眼底検査ができるようになって、時代が変わってきました。
炎症性サイトカインがなるべく出ないようにする:網膜光凝固(レーザー)
炎症性サイトカインの発生源である網膜を焼いてしまう治療:
ものを見るのに大事な黄斑部を残すために、周りの網膜を“間引き”します。
物理的に焼いてしまった網膜からは、サイトカインが出なくなる。
網膜にレーザーを当てる際にも、炎症が起きます。
炎症を起こした目は、やはり黄斑浮腫を引き起こしてしまうことがあります。
そのため、治療中に視力が下がってしまう原因ともなります。
片目あたり1週間程度の間を空けて、少しずつレーザー治療を行なっていきます。
炎症性サイトカインの働きを全部おさえる:ステロイド治療
ステロイドの注射:STTA(Sub-tenon triamcinolone acetonide injection, ステロイド後部テノン嚢下注射)
眼球の後ろにすべりこませた針から、ステロイドの懸濁液を眼球の後ろに溜めておく。
眼球の壁「強膜」からステロイドが眼球内にしみ込んで(徐放)、全ての炎症をおさえる働きを発揮します。
炎症性サイトカインの産生が抑えられる。
3か月くらいすると、また復活してしまいます。
ステロイドの眼合併症:白内障・眼圧上昇(ステロイド緑内障)に留意します。
眼内に注射するステロイド硝子体注射もあります。
最も悪さをしているサイトカインをおさえる:抗VEGF療法
糖尿病網膜症の病態で、最も悪さをしているのはVEGFであることがわかっています8。
VEGFを中和する抗体製剤を、直接硝子体内に投与します。
こちらも数か月で、炎症がまた復活してしまいます。
抗VEGF硝子体内注射の劇的な効果に、世界中が驚きました。
繰り返しの注射が必要になり、
また、VEGFを抑えていくことによる合併症も看過できないものとなってきます9。
炎症性サイトカインとその“足場”を物理的に全部取ってしまう:硝子体手術
目の中のゼリー「硝子体」を徹底的に取り除きます。
その際に、目の中からレーザーも行います。
目の外からレーザーを打つことに比べて、より効果的にレーザーを照射することができます。
参考文献
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- 糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1版). 日眼会誌. 124 (12): 953-953, 2020
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