「血液検査で肝臓の数値は問題ないと言われています。お酒は大丈夫ですね」
アルコールは、肝機能検査では評価できない経路を通じて、視神経に影響する可能性があります。
お酒は脳の延長線上にある「視神経」に、眼圧だけでは説明しきれない形で影響しうることが分かってきました1,2。
韓国の大規模観察研究では、緑内障と診断された後に禁酒した方は、飲み続けた方より重度視力障害・失明のリスクが低いという関連が報告されています3。
飲んだ量の合計だけでなく、「どのように飲むか」というパターンも視神経の運命に関わる可能性がある。
この記事では、そのメカニズムから地域差まで解説します。
飲酒量が多いほど、眼圧や緑内障・網膜の神経の菲薄化と関連する
現在の研究では、飲酒量が多いほど、眼圧や緑内障、網膜の神経の菲薄化(うすくなること)と関連する傾向が報告されています1,2。
緑内障と診断された方を対象にした韓国の大規模観察研究では、診断後に禁酒した方は、飲み続けた方より重度視力障害・失明のリスクが低いという結果でした3。ただし観察研究のため、禁酒で進行を防げると証明されたわけではありません。
現時点で「この量なら視神経に安全」といえる飲酒量は分かっていません。緑内障の方、特にOCTや視野が悪化傾向にある方は、飲酒の量と頻度を減らすことを検討する価値があります。
緑内障は「眼の中の脳疾患」でもある
緑内障は、眼圧などの影響で視神経が傷む病気として知られています。
ただし、近年の研究から明らかになってきている緑内障の姿は、これよりずっと複雑です。
網膜の内側にある網膜神経節細胞(Retinal Ganglion Cell, RGC)は、その軸索(神経線維)が束になって視神経を形作っている細胞です。発生の過程で脳(間脳)から派生した、正真正銘の中枢神経系の細胞です4。



RGCが失われると、RGCの信号を受け取っていた脳の中継核、外側膝状体(Lateral Geniculate Nucleus, LGN)も次第に萎縮します。さらに一次視覚野(後頭葉)へと変性が波及する「経シナプス変性(Transneuronal Degeneration)」と呼ばれる連鎖が、動物モデルや人の画像・剖検研究で報告されています4。

つまり緑内障は、眼から始まって脳へと変化が波及しうる、神経変性疾患としての側面を持つと考えられるようになっています。


アルコールが神経を傷める仕組み
ここからの仕組みの話は、主に細胞・動物実験にもとづく有力な仮説です。ヒトでの関連は、後半の大規模データで示します。
アルコールをたくさん飲む方の脳が萎縮しやすいことは、よく知られています。かつては「脱水で縮む」という説明もありましたが、現在では多面的な細胞毒性による神経の脱落・変性として理解されています5。
まず、アセトアルデヒドと活性酸素(Reactive Oxygen Species, ROS)による直接毒性があります。
アルコールは肝臓だけでなく脳内でも代謝されます。脳では主にカタラーゼという酵素が分解を担いますが、慢性的に多く飲むとCYP2E1という酵素が増え、分解の過程で大量の活性酸素を生みます。この活性酸素が神経細胞の脂質・タンパク質・DNAを酸化損傷させます5。
次に、ミトコンドリアの機能障害です。
ミトコンドリアは細胞の発電所にあたる小器官で、ここが傷むとエネルギー(ATP)の産生が落ちます。エネルギー消費の激しい神経細胞ほど、この影響を受けやすくなります5。
3つ目は、神経炎症の慢性化です。ミクログリア(脳の免疫細胞)が活性化し、炎症性サイトカインの放出が続くことで、神経変性が少しずつ進みます5。
4つ目は、細胞を守る仕組みの抑制です。慢性的な飲酒は、酸化ストレスから細胞を守るNRF2という防御システムや、傷んだ部品を片づけるオートファジーの働きを抑えてしまうことが報告されています5。
さらに、神経細胞の生存を支える脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor, BDNF)への影響も、動物実験を中心に研究が続いています。慢性的なアルコール曝露でBDNFのシグナルが低下するという報告があります6。
これらは緑内障のRGC死のメカニズムと重なる
上に挙げた仕組みは、緑内障においてRGCが死んでいくプロセスと大きく重なります。
アルコールと緑内障は、同じ「弱点」を似た方法で攻めている。そう言い換えることができます。

| 共通の障害経路 | アルコールによる影響 | 緑内障における影響 |
|---|---|---|
| ミトコンドリア機能不全 | ATP産生の低下 | RGCのエネルギー枯渇・アポトーシス |
| 酸化ストレス | CYP2E1による活性酸素の産生 | 眼圧・虚血による活性酸素の過剰 |
| 神経炎症 | ミクログリアの活性化 | ミクログリア活性化・視神経の炎症 |
| BDNFシグナルの低下 | 慢性曝露で低下の報告 | 軸索輸送の障害による栄養シグナル不足 |
| グルタミン酸興奮毒性 | 大量飲酒後のリバウンド興奮 | 網膜内の興奮毒性によるRGC死 |
※この表は、細胞・動物実験を含む研究報告4,5,6をもとにした模式的な整理です。個々の項目のエビデンスの確立度には差があります。

眼圧だけを見ることは、飲酒による「眼圧とは別の視神経への負担」を見逃すことになってしまいます。
現在でも、緑内障治療で効果が確立しているターゲットは「眼圧」だけです。
点眼もレーザーも手術も、すべて眼圧を下げるための治療です。上に挙げたような神経炎症や酸化ストレスに直接働きかける治療は、まだ実用化されていません。
眼圧のほかに患者さん自身が動かせる数少ない要素として、飲み方を見直す意味があります。

OCTで見える、神経細胞の減少「飲酒後の結果」

緑内障の経過観察で使う光干渉断層計(Optical Coherence Tomography, OCT)は、網膜神経線維層(Retinal Nerve Fiber Layer, RNFL)や神経節細胞・内網状層(Ganglion Cell-Inner Plexiform Layer, GCIPL)の厚みを、マイクロメートル単位で計測できる検査です。


韓国の緑内障の患者さん445名を対象とした研究では、大量飲酒群の乳頭周囲RNFLは、禁酒群より有意に薄いという結果でした(65.0 μm vs 70.9 μm)。
黄斑部GCIPLも、軽度飲酒群(65.8 μm)・大量飲酒群(63.8 μm)のいずれも、禁酒群(68.1 μm)より有意に薄くなっていました7。
英国のUKバイオバンクを用いた大規模研究(OCT解析約3万6,000名)では、飲酒量が週50g(純アルコール)を超えるあたりから、黄斑部GCIPL・RNFLの菲薄化との関連が現れると報告されています。それ以下の量でははっきりした関連がみられず、ある量を境に見え方が変わる。研究ではこれを「閾値効果」と呼んでいます1。
脳のMRIを定期的に撮ることは費用や手間の面で現実的ではありませんが、OCTは外来で数分ででき、負担もわずかです。
OCTは、飲酒習慣のある緑内障患者さんの網膜・視神経の変化を、客観的に追跡する手がかりになります。



どのくらいから危ないのか:大規模データの示す目安
どのくらい飲むとリスクが上がるのでしょうか。
飲酒と眼圧・開放隅角緑内障の関連は、複数の研究をまとめたシステマティックレビュー&メタ解析でも確認されています8。
同じUKバイオバンクの研究(Stuart et al. 2023)では、飲酒量が最も多いグループは最も少ないグループに比べて、緑内障のオッズが1.36倍高いという結果でした1。週50g(純アルコール)は、日本酒なら週2合強、ビール中瓶なら約2.5本に相当します。
米国NIHの多様な集団データベース(All of Us)を用いた研究(Meller et al. 2025)では、週4杯以上飲む人は緑内障(原発開放隅角緑内障)のオッズが1.22倍(22%上昇)で、この用量反応関係は女性でより顕著でした2。
飲み方のパターンが疾患の「出方」を変える

アルコールの健康影響は、総量だけでなく「どのように飲むか」にも左右されると考えられています9。
地中海沿岸(スペイン・イタリアなど)では、毎日食事と一緒にワインを少量飲むスタイルが伝統的です。
疫学研究の総説では、食事と共に少量をゆっくり飲み、一気飲みを避ける地中海型のパターンが、現在飲酒している人にとって比較的害の少ない選択肢として支持されています9。食事と一緒に飲むと胃からの排出がゆっくりになり、血中アルコール濃度の急上昇が抑えられます。
一方、北欧や東欧では、平日は飲まず週末に蒸留酒をまとめて大量に飲むスタイルが比較的多いことが指摘されてきました。
ヨーロッパ17か国の比較研究では、北欧・東欧でアルコール精神病・依存症・肝硬変などを含むアルコール関連死亡率が高い水準にあることが示されています10。短時間の大量飲酒は血中アルコール濃度を急激に上昇させ、神経系への急性の負担が大きくなります。

日本にも「南北差」がある
この構図は、日本国内にもある程度再現されています。
日本全国の肝硬変の病因を調べた全国調査(Enomoto et al. 2024)では、アルコール性肝硬変の割合が特に高い地域として、北海道、東北、九州の3地域が挙げられています11。また、レセプト(診療報酬明細)の全国データベースを使った研究では、肝がんの標準化レセプト出現比(SCR)も九州が全国で最も高く、中央値は134でした12(肝がんの地域差には、ウイルス性肝炎など飲酒以外の要因も関わります)。
九州には伝統的な焼酎文化があり、毎日少量をゆっくり飲む習慣もみられます。こうした毎日続ける飲み方は、週の総量が積み上がりやすい飲み方でもあります。
日本人男性約2万3,000名を追跡した大崎スタディでは、1日の飲酒量が多いほど自殺リスクが直線的に高まる(1日45.6g以上でハザード比2.4)という関連が報告されており、大量飲酒が神経・精神面に及ぼす影響の大きさを示しています13。
どの飲み方であっても、総量と頻度が増えるほど負担は大きくなります。飲み方のパターンによって負担のかかり方に違いがある可能性はありますが、日本国内の地域差として断定できるものではありません9,10。
診断後に「やめた人」はリスクが低かった
韓国の国民健康保険データを用いた研究(Jeong et al. 2023)は、飲酒習慣のある人が緑内障(開放隅角緑内障)と新たに診断された後の飲酒パターンと、その後の視力の転帰を追跡しました。対象は13,643名です3。
| 診断後の飲酒パターン | 失明・重度視力障害のリスク(禁酒群を基準) |
|---|---|
| 禁酒した(21%) | 基準(飲酒継続群よりリスク37%低い:AHR 0.63) |
| 続けた:週3日以下 | AHR 1.42(95%CI 0.97-2.08、有意差なしだが上昇傾向) |
| 続けた:週4日以上 | AHR 2.56(95%CI 1.52-4.33、有意に高い) |
※出典:文献3。AHR=調整ハザード比。
最もリスクが低かったのは、診断を機にお酒をやめた方でした。飲み続けた場合でも、頻度が週3日以下の方では統計的に有意なリスク上昇は確認されませんでした。
ただし、リスクが高い傾向は残りました。また量に基づく解析では、少量(週105g未満)でも有意なリスク上昇がみられました3。
「診断されたら一滴も飲んではいけない」と悲観する必要はなさそうです。
ただ、このデータの中で最もリスクが低かったのは禁酒でした。
禁酒が難しい場合も、まず「ほぼ毎日」の習慣をやめて頻度と量を下げることが、現実的な一歩になります3。
なお、この研究は観察研究で、飲酒量は自己申告にもとづきます。禁酒した方のほかの生活習慣が結果に影響した可能性も残るため、「禁酒すれば進行を防げる」と証明されたわけではありません3。

日本人特有の注意点:ALDH2遺伝子変異
日本人の約4割は、アルコールの分解産物を処理する酵素であるアルデヒド脱水素酵素2(Aldehyde Dehydrogenase 2, ALDH2)の働きが弱くなる遺伝子変異(rs671)を持っています。
いわゆる「お酒を飲むと顔が赤くなる人」がこれにあたります14,15。
この体質の方では、毒性の強いアセトアルデヒドが血中に長く高濃度でとどまりやすくなります。
一方で、先ほどの韓国の445名の研究では、ALDH2の遺伝子型そのものはRNFL・GCIPLの厚みと有意な関連を示しませんでした。
遺伝子型にかかわらず、大量飲酒がGCIPLの菲薄化と関連していました7。「顔が赤くなる体質かどうか」よりも、飲む量・頻度そのものを管理することが大切です。
「赤くならないから大丈夫」「赤くなるけど鍛えたから強くなった」という言葉を聞くこともあります。
フラッシング反応が起きているときは、アセトアルデヒドが体の中にたまっている兆候です。
無理に飲み続けることはよくありません14,15。
九州での具体的な飲み方の目安

福岡をはじめ九州には、「食事と共に、ゆっくり、薄めて飲む」という焼酎の伝統があります。血中アルコール濃度の急上昇を避けるという意味で、この飲み方自体は理にかなっています。
そのうえで、量と頻度の目安を数字にしておきます。
UK Biobankの研究では、純アルコール約50g/週を超えるあたりから、網膜の神経の菲薄化との関連が目立ち始めました1。ただしこれは観察研究から示唆された境界であり、「50g以下なら安全」「視神経を保護できる」という基準ではありません。
量の感覚をつかむための換算だけ示しておきます。焼酎25度なら1合(180ml)が純アルコール約36g、お湯割り・水割り1杯(0.5合)が約18gです。
減らす目標を考えるときの、参考情報として使ってください。
「毎日欠かさず」飲む習慣は、1回の量が少なくても週の総量が積み上がりやすく、頻度の面でも研究で最もリスクの高かったパターン(週4日以上)にあたります3。まずは飲まない日を増やすことから始めてみてください。
まとめ:今日からできること
お酒を楽しむことと視神経を守ることは、工夫しだいで両立できると考えられます。
韓国の研究で最もリスクが低かったのは、禁酒した方でした3。禁酒が難しい場合は、量と頻度の両方を減らし、飲まない日を増やすことが現実的な一歩です。週3日以下であっても、安全性が確認されたわけではありません。
「この量なら視神経に安全」といえる飲酒量は、現時点では分かっていません。研究で関連が目立ち始めた週50g(日本酒なら週2合強、ビール中瓶なら約2.5本)は、減らす目標を考えるときの参考情報です1。
OCT画像の結果が悪化傾向にあるときは、眼圧だけでなく飲酒習慣も振り返るきっかけになるかもしれません。
定期検査の結果を、生活全体を見直す機会として使っていただければと思います。
「肝臓の数値が正常だからお酒は大丈夫」という言葉は、視神経の安全を保証しません。脳と眼は同じ起源の神経でできており、飲み方によってはその神経に負担がかかり続ける可能性があります。
視神経は一度失われると再生しません。
長く良い視力と視野を保つために、飲み方を少し見直すことは、静かでも大事な選択肢と考えられます。

参考文献
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