「授乳中に目がかゆくて……。でも、この点眼薬は赤ちゃんに影響がないか心配です。」
「目の病気で点眼薬を勧められましたが、授乳を中断しなければならないのでしょうか?」
授乳期間中に目の不調で悩む方は少なくありません。赤ちゃんへの影響を考えると、点眼薬の使用をためらうのこともあるでしょうか。
授乳中に使用されるほとんどの点眼薬は、いくつかの重要なポイントを守ることで、赤ちゃんにとって安全であると考えられています。
この記事では、なぜ安全と言えるのか、そしてその安全性をさらに高めるための具体的な方法について、国際的な科学的根拠を交えながら解説します。
点眼薬の成分は、ほとんど母乳に届かない

まず知っておきたいのは、点眼薬が母乳に移行するまでの道のりです。
点眼した薬の成分は、目から鼻の奥にある「鼻涙管(びるいかん)」という管を通って鼻の粘膜から吸収され、ごくわずかに母親の血液中に入ります。そして、その一部が母乳へ移行する可能性があります1。
重要なのは、この過程で母乳に到達する薬の量が、もともと点眼した量に比べて極めて微量であるということです。多くの点眼薬では、全身に吸収される量は投与量の5%未満といわれています1。
国際的な指標の一つに「相対的乳児投与量(RID)」というものがあります。
これは、赤ちゃんが母乳を介して摂取する薬の量を、母親が使用した量と比較してパーセンテージで示したものです。
多くの専門家は、このRIDが10%未満であれば、その薬は授乳中に安全に使用できると考えています2。
点眼薬の場合、全身への吸収量が非常に少ないため、RIDはこの安全域を大幅に下回ることがほとんどです。
安全性を飛躍的に高める「涙嚢部(るいのうぶ)圧迫法」
点眼薬の安全性をより確かなものにする、簡単で効果的な方法があります。
それが涙嚢部圧迫法(Punctal Occlusion)です。

これは、点眼薬が鼻涙管へ流れ込むのを物理的に防ぐ手技です。
研究によると、点眼後に目頭を1〜5分間圧迫することで、薬の全身への吸収を60%以上も減らすことができます3。
世界中の授乳および薬の使用に関するガイドラインが、この涙嚢部圧迫法の実践を強く推奨しています4。
【涙嚢部圧迫法のやり方】
- 点眼後、静かにまぶたを閉じます。
- まばたきをせず、人差し指で目頭の少し鼻寄りにあるくぼみを、1〜5分間、優しく圧迫します。
- 目からあふれた薬液は、清潔なティッシュなどで拭き取ってください。
点眼薬の種類別・国際的な安全性評価
では、具体的にどのような点眼薬が安全に使用できるのでしょうか。
ここでは、授乳中の薬物使用に関する世界的なデータベース「LactMed®(米国国立医学図書館)」や、専門書「Hale’s Medications & Mothers’ Milk™」などの国際的評価に基づき、解説します。
安全に使用できると考えられる点眼薬
人工涙液・潤滑剤
ドライアイの治療などに使われます。涙に近い成分でできている人工涙液(一般名:塩化カリウム/塩化ナトリウム など)や、角膜の潤いを保つヒアルロン酸ナトリウムなどは、薬としての作用を持つ成分を含まないため、授乳中に使用しても問題はありません。
抗アレルギー薬(オロパタジン、ケトチフェン、エピナスチン、アシタザノラストなど)
オロパタジン(パタノール®)、ケトチフェン(ザジテン®)、エピナスチン(アレジオン®)、アシタザノラスト(ゼペリン®)
花粉症などで処方されることの多い薬です。点眼による全身への吸収はごくわずかで、母乳に移行する量も少ないため、赤ちゃんに影響が出る可能性は低いと考えられています。涙嚢部圧迫法を併用することが推奨されます5。
ステロイド薬(プレドニゾロン、フルオロメトロンなど)
プレドニゾロン(プレドニン®)、フルオロメトロン(フルメトロン®)、ベタメタゾン(リンデロン®)やデキサメタゾン(サンテゾーン®)
目の炎症を抑えるために使われます。
ステロイドと聞くと心配に思われるかもしれませんが、点眼薬として短期間使用する場合、全身への吸収は非常に少なく、母乳への移行量もごく微量です。
これまで、母親がステロイド点眼薬を使用したことによる赤ちゃんへの有害な影響は報告されていません6。
医師の指導を受けながらであれば、安全に使用できると考えられる点眼薬
抗菌薬(レボフロキサシン、ガチフロキサシン、モキシフロキサシン、オフロキサシンなど)
レボフロキサシン(クラビット®)、ガチフロキサシン(ガチフロ®)、モキシフロキサシン(ベガモックス®)、オフロキサシン(タリビッド®)
細菌性結膜炎(はやり目)などで使われるタイプの抗菌薬です。
LactMedという国際的なデータベースでは、点眼による赤ちゃんへのリスクは「ほとんど心配ない」と評価されています。
医師の指示を守り、涙嚢部圧迫法もあわせて行うとより安心です4。

緑内障治療薬(プロスタグランジン関連薬:ラタノプロスト、トラボプロスト、タフルプロスト、ビマトプロストなど)
ラタノプロスト(キサラタン®)、トラボプロスト(トラバタンズ®)、タフルプロスト(タプロス®)、ビマトプロスト(ルミガン®)
緑内障の治療で広く使われる薬です。体内に入ると、非常に速やかに分解される性質があります。点眼後の血液中の薬物濃度も極めて低いため、赤ちゃんに影響を及ぼす可能性は低いと考えられています。LactMedなどの国際的な専門機関は「授乳中に使用可能(acceptable)」と評価しています7。

使用には最大限の注意が必要な点眼薬
緑内障治療薬(β遮断薬:チモロール、カルテオロール、ベタキソロールなど)
チモロール(チモプトール®)、カルテオロール(ミケラン®)やベタキソロール(ベトプティック®)
チモロールは、体の中や母乳に比較的移行しやすい性質があります。
母乳を通して赤ちゃんがこの成分を摂取すると、心拍数が遅くなる、呼吸が浅くなるなどの副作用が起きるケースも報告されています8。
原則として、この薬は授乳中の使用を避ける必要があります。
ただし、どうしても治療に必要な場合は、眼科医や小児科医と相談し、赤ちゃんの様子をよく見ながら、涙嚢部圧迫法を行うなど特別な注意を払って使用することになります。
緑内障治療薬(合剤点眼薬)
緑内障治療では、複数の成分を1本に配合した「合剤」が広く使われます。合剤を選ぶ際に重要なのは、授乳中に最も注意が必要な「β遮断薬」が含まれているかどうかです。
β遮断薬を含む合剤点眼薬(授乳中は特に注意が必要)
ラタノプロスト/チモロールマレイン酸塩(ザラカム®)、トラボプロスト/チモロールマレイン酸塩(デュオトラバ®)、ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩(コソプト®)、カルテオロール塩酸塩/ラタノプロスト(ミケルナ®))
チモロールやカルテオロールといったβ遮断薬を含むため、単剤のβ遮断薬と同様に、原則として授乳中の使用は慎重になるべき薬剤です。
β遮断薬を含まない合剤点眼薬(比較的安全に使用しやすい)
ブリモニジン酒石酸塩/ブリンゾラミド(アイラミド®)、リパスジル塩酸塩水和物/ブリモニジン酒石酸塩(グラアルファ®))
β遮断薬以外の成分を組み合わせた合剤です。
もちろん医師との相談は必要ですが、β遮断薬を含む合剤に比べると、授乳中でも使いやすい選択肢となります。
添付文書の記載と国際的エビデンスの違い
点眼薬の説明書には、「授乳中は使わないこと」や「どうしても使う場合は授乳をやめること」と書かれていることがよくあります。これは法律上の観点から特に慎重に書かれているためで、必ずしもその薬が赤ちゃんにとって危険だと証明されているわけではありません9。
実際には、今回ご紹介したLactMedなどの国際的なデータベースでは、世界中の研究報告や症例が集積され、科学的根拠に基づいて安全性が評価されています。添付文書の画一的な警告とは異なり、臨床の現場に即した情報が提供されているのです10。
まとめ
授乳中の点眼薬使用について、大切な点を改めてまとめます。
- ほとんどの点眼薬は授乳中でも安全に使えます。
- 安全に使うためのポイントは「涙嚢部圧迫法」を行うことです。 この方法により、体の中に薬が吸収される量を大幅に減らせます。
- 緑内障治療薬のβ遮断薬(チモロール)は、赤ちゃんへの副作用報告があり、使用には最大限の注意が必要です。
- 添付文書の情報だけでなく、国際的な科学的根拠に基づいて判断することが重要です。
目の不調を我慢することは、ご自身の心身に負担をかけることになります。
自分の判断だけで薬をやめたり、使うのをためらったりする前に、まずは眼科医に「授乳中である」ことを伝え、どの点眼薬が安全か、また正しい使い方について相談することが大切です。
参考文献
- Urtti A. Systemic side effects of eye drops: a pharmacokinetic perspective. Prog Brain Res. 2020;257:127-147.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32943147/ - Hale TW. Hale’s Medications & Mothers’ Milk™. Springer Publishing Company; 2023.
https://www.springerpub.com/hales-medications-and-mothers-milk - Fraunfelder FT. The Importance of Eyelid Closure and Nasolacrimal Occlusion Following the Topical Ocular Administration of Systemic-Acting Medications. Cornea. 2008;27(10):1093-1094.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19034114/ - Levofloxacin. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Bethesda (MD): National Institute of Child Health and Human Development; 2006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501002/ - Olopatadine. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Bethesda (MD): National Institute of Child Health and Human Development; 2006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501517/ - Prednisolone. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Bethesda (MD): National Institute of Child Health and Human Development; 2006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501076/ - Latanoprost. In: Drugs and Lactation Database (LactMed®). Bethesda (MD): National Institute of Child Health and Human Development; 2006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501675/ - Lustgarten JS, Podos SM. Topical timolol and the nursing infant. Arch Ophthalmol. 1983;101(9):1381-1382.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6615302/ - American Academy of Pediatrics Committee on Drugs. Transfer of drugs and other chemicals into human milk. Pediatrics. 2001;108(3):776-789.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11533352/ - National Institute of Child Health and Human Development. Drugs and Lactation Database (LactMed®).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501922/