“目の中に膜が張る” 黄斑上膜(黄斑前膜):原因・症状と対処

まっすぐのはずの線が波打って見える。タイルの模様や窓枠が歪んで感じられる。このような症状に心当たりはないでしょうか。もしあれば、それは「黄斑前膜(おうはんぜんまく)」という状態が原因なのかもしれません。

「網膜前膜(もうまくぜんまく)」「網膜上膜(もうまくじょうまく)」「黄斑前膜(おうはんぜんまく)」「黄斑上膜(おうはんじょうまく)」「黄斑パッカー」「セロファン黄斑症」

これらはいずれも、ほぼ同じ状態を指す言葉です。呼び方が異なるだけで、眼の中で起きていることは同じです。

黄斑上膜(黄斑前膜)は、眼球の奥にある光を感じる神経の膜「網膜」の表面に、セロハンのような薄い膜が張る状態を指します。多くの場合、進行は緩やかで、急いで治療が必要になることは少ないです。しかし、症状によって生活に不便を感じるようであれば、手術という治療の選択肢があり、視機能の改善が期待できます。

この記事では、黄斑上膜(黄斑前膜)とはどのような状態か、なぜ起こるのか、そしてどのように向き合っていくべきかについて、詳しく解説していきます。

目次

黄斑上膜(黄斑前膜)とは何か

網膜は、カメラでいうフィルムやイメージセンサーの役割を担う、非常に繊細な神経の膜です。特に、物を見る中心となる最も重要な部分を「黄斑(おうはん)」と呼びます。黄斑上膜(黄斑前膜)は、この黄斑の前面に線維細胞性の膜が形成される状態です。

この膜が時間とともに収縮すると、下にある網膜にしわが寄り、網膜が物理的に歪んでしまいます。この機械的な歪みが、冒頭で述べた「ものが歪んで見える(変視症)」という特徴的な症状を引き起こします。

黄斑上膜(黄斑前膜)の原因

黄斑上膜(黄斑前膜)の最も一般的な原因は、加齢に伴って自然に起こる「後部硝子体剥離(こうぶしょうしたいはくり)」という現象です。

眼球の内部は、硝子体(しょうしたい)と呼ばれる、卵の白身のようなゲル状の物質で満たされています。

若い頃は、この硝子体が網膜と接していますが、年齢とともに徐々に液状化し、縮んでいきます。そして、ある時点で網膜の表面から自然に剥がれます。これを後部硝子体剥離と呼びます。

ほとんどの場合、後部硝子体剥離は問題なく完了します。しかし、剥がれる過程で網膜の表面に硝子体の一部が残ったり、ごく微小な傷がついたりすることがあります。すると、その傷を修復しようとする働きが起こり、網膜の細胞などが表面に出てきて増殖し、膜を形成してしまいます。

加齢や後部硝子体剥離が主な原因である場合を「特発性」と呼び、これが全体の90%以上を占めます。一方、糖尿病網膜症や網膜剥離、目の怪我や手術などが原因で起こる場合は「続発性」と呼ばれます。

黄斑上膜(黄斑前膜):主な症状

すべての黄斑上膜(黄斑前膜)で症状が出るわけではありません。実際、多くの方は無症状で、眼科検診などで偶然発見されます。

症状が現れる場合、最も代表的なのは「変視症(へんししょう)」です。これは、直線が波打ったり、曲がって見えたりする症状で、多くの患者さんにとって生活の質に大きく影響する訴えです。

その他には、以下のような症状が見られることがあります。

  • 中心部がかすんで見える
  • ものが実際より小さく見える(小視症)
  • 文字などが読みにくくなる
  • 片目だけで見ると、ものが二重に見えることがある(片眼複視)

黄斑上膜(黄斑前膜)は、主に中心部の見え方に影響する病気であり、視野が欠けたり、失明に至ったりすることはありません。

今後どうなるのか:自然な経過

「このまま放置したら、見えなくなってしまうのではないか」と心配される方も少なくありません。

しかし、多くの黄斑上膜(黄斑前膜)は、ある程度の期間を経て進行が止まり、安定することが知られています。

ある研究では、視力が比較的良好な(20/40;0.5以上)網膜上膜の患者さんを追跡したところ、4年後に手術が必要となったのは約21%であったと報告されています。

これは、多くの方が手術を受けずに経過観察で過ごせることを示しています。 また、別の研究では、初期の網膜上膜のうち、5年間で進行したのは約9.3%であったとされています。

ごく稀ではありますが、膜が網膜から自然に剥がれて症状が改善することもあります。

黄斑上膜(黄斑前膜):診断の方法

黄斑上膜(黄斑前膜)の診断や評価には、現在「OCT(光干渉断層計)」という検査が最も重要です。

OCTは、網膜の断面を非常に高精細に撮影できる装置です。これにより、網膜の表面に膜があるかどうかを正確に調べられるだけでなく、膜の厚さや網膜のしわ、むくみの程度、さらには視細胞の状態まで詳しく評価できます。

これらの情報は、今後の見通しを立てたり、治療方針を決めたりするうえで不可欠です。

また、ご自宅で歪みをチェックする際には、「アムスラーグリッド」という格子状の図が有用です。

治療法の選択:経過観察と手術

黄斑上膜(黄斑前膜)に効果がある点眼薬や内服薬、サプリメントなどはありません。

治療が必要になった場合、唯一の方法は手術です。

経過観察

症状が軽い、あるいは無症状で、生活に大きな支障がない場合は、定期的な検査で経過を見るのが一般的です。

多くの場合、膜は安定しているため、不要な手術を避ける意味でも、経過観察は合理的な選択肢となります。

手術(硝子体手術)

手術が検討されるのは、変視症や視力低下によって、読書や運転、仕事など、日常生活に明らかな支障が出てきた場合です。

手術のタイミング

手術を行う明確な基準はありませんが、視力が0.5程度まで低下した場合や、歪みのために生活の質が大きく損なわれている場合に手術が検討されることが多いです。
手術のタイミングが早すぎると、不要なリスクを伴う可能性があります。
一方、遅すぎると網膜の組織が長期間歪んだ影響で、手術をしても回復が限定的になることがあります。
そのため、OCTによる網膜の状態と、患者さんご自身が感じる不便さの程度を総合的に判断し、最適な時期を決めることが大切です。

手術の方法

手術は「硝子体手術」と呼ばれ、局所麻酔による日帰り手術で行われることがほとんどです。
眼球に3ヶ所の小さな穴を開け、そこから細い器具を挿入します。まず、網膜を引っ張る原因となる硝子体を除去します。
次に、特殊な色素を用いて網膜上の薄い膜を染色し、見やすくした上で、マイクロ鑷子という非常に小さなピンセットで慎重に剥がしていきます。

手術後の経過と結果

回復の道のり

手術後の視力回復は、ゆっくり進むのが特徴です。手術直後は、むしろ以前より見えにくい状態が続きますが、数週間から数ヶ月かけて徐々に改善していきます。多くの改善は最初の3〜6ヶ月で得られますが、最終的な見え方になるまで1年以上かかることもあります。

手術の効果

手術の成功率は高く、報告によると70〜90%の患者さんで視力の改善が見られます。また、視力検査の数値以上に、多くの患者さんが歪みの軽減を実感しています。ただし、網膜が長期間歪んでいた場合は、その影響により手術後も視機能が完全に元の状態に戻るわけではないことを理解しておくことが大切です。

リスクと合併症

硝子体手術は安全性の確立された手技ですが、リスクが全くないわけではありません。

最も頻度が高い合併症は「白内障の進行」です。

多くの場合、数年以内に白内障が進行するため、いずれ白内障手術が必要になる可能性があります。

その他、頻度は低いですが、網膜裂孔や網膜剥離(1-11%)、感染症(約0.05%)、膜の再発(1-11%)などが報告されています。

まとめ

網膜上膜は、加齢に伴い誰にでも起こりうる眼の状態です。多くは無症状、もしくは軽症で経過観察が可能です。しかし、「ものが歪む」「かすんで見える」といった症状が生活の質を低下させていると感じる場合は、手術によって視機能の改善が期待できます。

重要なのは、まずOCTなどの検査でご自身の網膜の状態を正確に把握することです。その上で、見え方による不便さと治療に伴うメリット・リスクを比較し、ご自身にとって最良の選択肢を慎重に判断することが大切です。

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Takeru Yoshimura, M.D., Ph.D.

たける眼科
takeru-eye.com
福岡市早良区「高取商店街」
西新駅/藤崎駅(福岡市地下鉄)

日本眼科学会 眼科専門医
医学博士(九州大学)

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