「ヘルペス」と診断:目の合併症は(角膜炎・結膜炎・ぶどう膜炎)

目がゴロゴロする、充血が続く、光がまぶしい、少し見えにくい。
このような症状が続くと、不安に感じる方も多いのではないでしょうか。
ものもらいや結膜炎だと思っていた症状が、実は「眼ヘルペス」と呼ばれるウイルス感染症である場合もあります。

眼ヘルペスの治療で最も大切なのは、「ウイルスが直接暴れているのか」「体の免疫反応が過剰になっているのか」を正確に見極めることです。この判断によって、使うべき薬がまったく異なるからです。

この記事では、眼ヘルペスとはどのような病気か、なぜ起こるのか、またどのような種類や治療法があるのかについて、順を追って解説します。


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多くの人が知らずに持っている「潜伏ウイルス」

眼ヘルペスの原因となるのは、単純ヘルペスウイルス(Herpes Simplex Virus, HSV)や、水ぼうそう・帯状疱疹を起こすウイルス(Varicella-Zoster Virus, VZV)です [2]。

これらのウイルスは、一度感染すると完全に体からいなくなるわけではありません。顔の感覚を脳に伝える神経である三叉神経(さんさしんけい)の根元にある神経節という場所に、じっと静かに潜んでいます(潜伏感染)[2]。まるで冬眠している動物のようです。

普段は何も症状を引き起こしませんが、発熱、心身のストレス、紫外線、免疫力の低下などをきっかけに、ウイルスが再び活動を始めます(再活性化)[5]。眠っていたウイルスが目を覚まし、神経を伝って目の表面や内部に到達し、さまざまな症状を引き起こすのです。

先進国において、単純ヘルペスによる角膜炎は、感染症による失明の主要な原因の一つとなっています [2]。


単純ヘルペスウイルス(HSV)によって引き起こされる目の病気

単純ヘルペスウイルスは、眼瞼(まぶた)、結膜、角膜(黒目)、虹彩(目の色を決める茶目の部分)、網膜など、目のさまざまな部分に病気を引き起こします。特に、角膜の疾患が代表的です。
虹彩に炎症が起こった場合は、ヘルペス虹彩炎(ぶどう膜炎)と称されます。

角膜ヘルペス:病態で治療が異なる2つのタイプ

角膜ヘルペスは、病気の起こり方によって大きく2つのタイプに分けられ、治療法が全く異なります。

1. ウイルスが直接角膜に影響を与えるタイプ(上皮性角膜炎)

これは、角膜の最も表面にある「上皮」という層で、ウイルスが活発に増殖している状態です [8]。

特徴的なのは「樹枝状潰瘍(じゅしじょうかいよう)」と呼ばれる傷です。木の枝が伸びるような、あるいは稲妻のような形をしており、眼科医が特殊な染色液と顕微鏡で確認することで診断できます [8]。この傷は、ウイルスが増殖しながら細胞を壊すことでできます。痛みや異物感、充血、涙、まぶしさなどの症状が出やすいのが特徴です。

このタイプの治療の中心は、ウイルスの増殖を直接抑える抗ウイルス薬です。主に点眼薬や眼軟膏が使用されます [8]。ただし、この段階で炎症を抑えるためにステロイド薬を誤って使ってしまうと、ウイルスの増殖を促進し、病状がかえって悪化するおそれがあるため注意が必要です。

Image adapted from Di Staso, et al. (2023). Photonics10(4), 349., licensed under CC BY 4.0 International.

2. 体の免疫反応が原因となるタイプ(実質性角膜炎)

一方こちらは、角膜の少し深い「実質」という層で起こる炎症です。

ウイルスの増殖そのものよりも、角膜に残っているウイルスの断片に対して、体を守るはずの免疫システムが過剰に反応してしまうことで起こります [2]。
良かれと思った体の防御反応が、まるで「敵と味方を間違えて攻撃してしまう」ように、自分の角膜組織を傷つけてしまうような状態です。

主な症状はかすみや視力低下で、痛みは比較的軽いこともあります。

こちらの治療の主役は、過剰な免疫反応を抑えるためのステロイド薬です。
ただし、ステロイド薬だけを使用すると、潜んでいるウイルスが再び活動し始める場合があるため、それを防ぐ目的で抗ウイルス薬も併用されます [6]。
この治療方針は、ヘルペス眼疾患研究(Herpetic Eye Disease Study, HEDS)という大規模な臨床研究によって確立されました [6, 7]。

このように、同じ角膜ヘルペスでも、病気の主な原因が「ウイルスの活動」なのか「免疫反応」なのかによって、治療の方針が大きく異なります。

角膜以外にも広がる単純ヘルペス

単純ヘルペスは、角膜以外にも炎症を引き起こすことがあります。

角膜内皮炎

角膜の一番内側にある内皮細胞が障害され、角膜全体がむくんで視力が低下します [2]。

虹彩毛様体炎(ぶどう膜炎

虹彩(目の色を決める茶目の部分)や、その奥にあってピント調節を担う毛様体に炎症が起き、かすみや目の痛み、充血が起こります。眼圧が急激に上昇することもあります [2]。

これらの病態でも、体の免疫反応が主な原因となるため、ステロイド薬と抗ウイルス薬を併用することが治療の基本となります。


帯状疱疹ウイルス(VZV)が引き起こす目の病気

顔に帯状疱疹ができた際に、目の症状を伴うものを眼部帯状ヘルペス(Herpes Zoster Ophthalmicus, HZO) と呼びます。
水ぼうそうの原因と同じウイルスが、三叉神経の第1枝という、おでこから目、鼻にかけての領域で再活性化することで発症します [4]。

Image adapted from Pace, E., et al. (2024). Pathogens13(10), 832., licensed under CC BY 4.0 International.

鼻の発疹は危険信号「ハッチンソン徴候」

もし、おでこや額の発疹とともに、鼻の先や側面に発疹が現れた場合、特に注意が必要です。
これは「ハッチンソン徴候」と呼ばれ、目の中に合併症が生じるリスクが非常に高いことを示すサインです [4]。
鼻の先と目は同じ神経(鼻毛様体神経)によって支配されているためです。
この徴候が見られた場合は、すぐに眼科を受診してください。

多様な目の合併症と後遺症

眼部帯状ヘルペスは、結膜炎や角膜炎、ぶどう膜炎、眼圧上昇などを引き起こします [4]。
また、ウイルスによって神経がダメージを受けるため、治療後も長く続く神経の痛み(帯状疱疹後神経痛, Postherpetic Neuralgia, PHN)が問題となることがあります [4]。

治療で最も重要なのは、発疹が出てから72時間以内に高用量の抗ウイルス薬の内服を始めることです。早期治療によってウイルスの増殖を抑え、目の合併症や後遺症のリスクを大幅に減らせることがわかっています [1]。


見逃せない危険信号:網膜のヘルペス

頻度は非常にまれですが、ヘルペスウイルスが網膜に感染し、急性網膜壊死(Acute Retinal Necrosis, ARN)という重篤な病気を引き起こすことがあります [5]。

これは急激に進行し、網膜が広範囲にわたって破壊されてしまうため、失明に至る危険性のある眼科的な緊急事態です [5]。

Image adapted from Mayer, C. S., et al. (2022). Diagnostics12(2), 386., licensed under CC BY 4.0 International.

急激な視力低下や視野の欠損を感じた場合は、すぐに専門の医療機関を受診することが必要です。
治療は、抗ウイルス薬の点滴や眼内への注射など、集中的に行われます [5]。

最初は軽微な炎症でも、網膜の周辺部から病変が生じることが多いです。
そのため、眼科医は網膜の周辺部も観察することが大事です。
現在は超広角の眼底画像を得ることで、周辺部のスクリーニングもできる時代になりました。


再発を繰り返さないために

眼ヘルペスは、一度完治しても再発しやすいという特徴があります。特に、視力に影響の大きい実質性角膜炎を繰り返す患者さんには、再発を予防するための治療が重要です。

長期の予防内服

HEDS研究により、低用量の抗ウイルス薬を毎日1年以上服用し続けることで、すべてのタイプの眼ヘルペスの再発率が約4割、実質性角膜炎の再発率は約5割減少することが証明されています [7]。

眼科手術前の予防

白内障手術や角膜移植などの眼科手術は、潜んでいるヘルペスウイルスを再活性化させるきっかけになることがあります [2]。眼ヘルペスの既往がある患者さんが手術を受ける場合は、手術の前後に抗ウイルス薬を予防的に内服することが、再発防止に非常に有効です。

帯状疱疹ワクチン

50歳以上の方を対象に、帯状疱疹の発症を予防する効果の高いワクチン(シングリックス®)があります [3]。このワクチンは、帯状疱疹そのものだけでなく、眼部帯状ヘルペスや帯状疱疹後神経痛といった合併症の予防にもつながります [3]。

まとめ

眼ヘルペスは、一つの病気でありながら、その症状は非常に多彩です。活発に増殖するウイルスが問題となる病態から、体の免疫反応が引き起こす病態までさまざまです。

  • 上皮性角膜炎の場合は、抗ウイルス薬が治療の中心となります。
  • 実質性角膜炎やぶどう膜炎の場合は、抗ウイルス薬を補助的に使いながら、ステロイド薬を慎重に使用することが治療の鍵です。
  • また、眼部帯状ヘルペスの場合は、できるだけ早く抗ウイルス薬の内服を開始することが特に重要です。

いずれのタイプであっても、自己判断で市販の点眼薬を使ったり、治療を中断したりすることは危険を伴います。
目に気になる症状が続く場合は、「様子を見よう」と先延ばしにせず、早めに眼科専門医を受診してください。早期発見・早期治療が、大切な視力を守る最善の方法です。


参考文献

  1. Balfour, H. H., Jr, Bean, B., Laskin, O. L., Ambinder, R. F., Meyers, J. D., Wade, J. C., Zaia, J. A., Aeppli, D., Kirk, L. E., Segreti, A. C., & Keeney, R. E. (1983). Acyclovir halts progression of herpes zoster in immunocompromised patients. The New England journal of medicine308(24), 1448–1453. https://doi.org/10.1056/NEJM198306163082404
  2. Farooq, A. V., & Shukla, D. (2012). Herpes simplex epithelial and stromal keratitis: an epidemiologic update. Survey of ophthalmology57(5), 448–462. https://doi.org/10.1016/j.survophthal.2012.01.005
  3. Lal, H., Cunningham, A. L., Godeaux, O., Chlibek, R., Diez-Domingo, J., Hwang, S. J., Levin, M. J., McElhaney, J. E., Poder, A., Puig-Barberà, J., Vesikari, T., Watanabe, D., Weckx, L., Zahaf, T., Heineman, T. C., & ZOE-50 Study Group (2015). Efficacy of an adjuvanted herpes zoster subunit vaccine in older adults. The New England journal of medicine372(22), 2087–2096. https://doi.org/10.1056/NEJMoa1501184
  4. Sanjay, S., Huang, P., & Lavanya, R. (2011). Herpes zoster ophthalmicus. Current treatment options in neurology13(1), 79–91. https://doi.org/10.1007/s11940-010-0098-1
  5. Schoenberger, S. D., Kim, S. J., Thorne, J. E., Mruthyunjaya, P., Yeh, S., Bakri, S. J., & Ehlers, J. P. (2017). Diagnosis and Treatment of Acute Retinal Necrosis: A Report by the American Academy of Ophthalmology. Ophthalmology124(3), 382–392. https://doi.org/10.1016/j.ophtha.2016.11.007
  6. Barron, B. A., Gee, L., Hauck, W. W., Kurinij, N., Dawson, C. R., Jones, D. B., Wilhelmus, K. R., Kaufman, H. E., Sugar, J., & Hyndiuk, R. A. (1994). Herpetic Eye Disease Study. A controlled trial of oral acyclovir for herpes simplex stromal keratitis. Ophthalmology101(12), 1871–1882. https://doi.org/10.1016/s0161-6420(13)31155-5
  7. Acyclovir for the prevention of recurrent herpes simplex virus eye disease. Herpetic Eye Disease Study Group. (1998). The New England journal of medicine339(5), 300–306. https://doi.org/10.1056/NEJM199807303390503
  8. Wilhelmus K. R. (2015). Antiviral treatment and other therapeutic interventions for herpes simplex virus epithelial keratitis. The Cochrane database of systematic reviews1(1), CD002898. https://doi.org/10.1002/14651858.CD002898.pub5

Takeru Yoshimura, M.D., Ph.D.

たける眼科
takeru-eye.com
福岡市早良区「高取商店街」
西新駅/藤崎駅(福岡市地下鉄)

日本眼科学会 眼科専門医
医学博士(九州大学)

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“Googling Your Symptoms”: How to use medical information correctly

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What is eye inflammation?

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