「コンタクトレンズを長年使っていると、将来目が悪くなるって本当ですか?」
診療室で、患者さんからこのような質問を受けることがよくあります。多くの方は、充血やドライアイといった「今の不調」を気にされますが、私たち眼科医が最も懸念し、かつ大切に考えているのは、実は皆さんがほとんど意識することのない「角膜内皮細胞(かくまくないひさいぼう)」の状態なのです。
「角膜内皮」という言葉を初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか。
痛みもなく静かに進行し、一度失うと二度と戻らないこの細胞が、なぜそれほど重要なのか、そしてなぜ定期検査で細かくチェックする必要があるのか。その医学的な理由をお話しします。
目の透明性を保つ「燃料タンク」

角膜(黒目)は、カメラのレンズのように透明でなければなりません。この透明性を維持するために、角膜の裏側で余分な水分を排出するポンプとして働いているのが「角膜内皮細胞」です。

わかりやすく例えるなら、「一生分の燃料が入ったタンク」のようなものです。
この細胞は、生まれた時が一番多く、年齢とともに少しずつ自然に減っていきます。しかし残念ながら、一度死滅すると二度と再生(分裂)しません¹。
燃料タンクのメモリは、減ることはあっても増えることは決してありません。
コンタクトレンズが引き起こす「酸素不足」
通常、角膜は空気中から酸素を取り込んで呼吸しています。しかし、コンタクトレンズで角膜を覆ってしまうと、どうしても酸素の供給量は減ってしまいます。
特に、酸素透過性の低い素材のレンズを使っていたり、長時間装用や、つけたまま寝ることを繰り返していると、角膜は慢性的な「酸欠状態(低酸素)」に陥ります。
このストレスが続くと、内皮細胞の代謝が阻害され、加齢による自然減少に加えて、人為的な減少(燃料の浪費)も加速してしまうのです² ³。
「数が減っていないから大丈夫」ではありません
ここからが少し専門的ですが、非常に重要なポイントです。
細胞の数が減ると、残った周囲の細胞が無理やり大きく広がって、隙間を埋めようとします。こうした状態を、専門用語で次のように呼びます。
- 大小不同(Polymegathism): 細胞の大きさがバラバラになること⁴
(正常:30%以下。35-40%になると、角膜内皮細胞が不安定と評価。) - 多形性(Pleomorphism): 綺麗な六角形の形が崩れること⁵
(正常:60%以上。50%以下になると、長期的な角膜内皮細胞障害を考慮する。)
実は、細胞の密度(数)が正常範囲内であっても、こうした「質の低下」が起きていることは少なくありません。これは、角膜が長年の負担に耐えかねて悲鳴を上げている初期のサインであり、長期装用者では細胞密度の低下に先立って、これらの変化が現れることが報告されています⁴。
将来の手術に備える「貯金」を残す
「別に今見えているからいいじゃないか」と思われるかもしれません。
しかし、角膜内皮細胞が真価を問われるのは、皆さんが60代、70代になって「白内障手術」を受ける時です。
白内障手術は、濁った水晶体を超音波で砕いて吸い出す手術ですが、この操作はどうしても角膜内皮に少なからずダメージを与えてしまいます⁶。
もし、若い頃からのコンタクトレンズ装用で細胞の「予備能(貯金)」を使い果たしてしまっていたとしたら、どうなるでしょうか。
最悪の場合、手術のダメージに耐えきれず、角膜が白く濁ってしまう「水疱性角膜症」という状態になり、視力を取り戻すために角膜移植が必要になるリスクさえ生じます⁷。
今のコンタクトレンズ選びは、数十年後に受ける目の手術の安全性に直結しているといっても過言ではありません。

「内皮検査」を大切にしている理由
こうしたリスクを未然に防ぐため、コンタクトレンズを処方する際には、「スペキュラーマイクロスコピー(角膜内皮細胞顕微鏡検査)」による評価を行っています⁸。
一般的な簡易検査では、視力検査のみで終わってしまうことも少なくありません。しかし、それでは「細胞の質」の変化までは捉えきれず、見逃されてしまいます。
私たちは、単にレンズを処方するだけでなく、「みなさまの将来の視機能を守る」ことを第一に考えたいです。
- 細胞の数(密度)は十分か?
- 細胞の形がいびつになっていないか?
- 大きさのバラつき(変動係数)が増えていないか?
これらを解析し、もし負担がかかっている兆候(サイン)が見られれば、酸素透過性の高いシリコーンハイドロゲル素材への変更や装用時間の短縮をお話することがあります。
一見「厳しい」と感じられるかもしれませんが、これらはすべて、皆さんの大切な目を将来にわたって守り続けたいという、私たちからの心からのお願いです。
実際に、高酸素透過性レンズへの変更は、内皮へのストレスを軽減することが示唆されています⁹ ¹⁰。

まとめ:眼の10年後、20年後のために
コンタクトレンズは非常に便利な医療機器ですが、使い方を誤れば、「沈黙の臓器」である角膜内皮を傷つけてしまいます。
- 酸素透過性の高いレンズ(シリコーンハイドロゲル)を選ぶ
- 装用時間を守り、無理な連続装用を避ける
- 定期的に眼科で内皮細胞のチェックを受ける
特に、10年以上コンタクトを使っている方や、1日の装用時間が長い方には、一度ご自身の眼の財産「角膜内皮細胞」の状態を確認してみることをお勧めします。
正しい知識を持ち、定期的に自分の目と向き合うことが、一生涯の「見る力」を守ることにつながります。
参考文献
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