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緑内障患者さんの転倒リスクと対策

視野障害がもたらす日常生活への影響と予防法

目次

はじめに

緑内障と診断された患者さんからよく寄せられる質問の一つに、「日常生活で気をつけることはありますか?」というものがあります。

特に重要なのが、転倒リスクへの対策です。

緑内障による視野欠損は、段差や障害物の認識を困難にし、転倒事故につながる可能性があるためです。
本記事では、緑内障患者さんと家族・介助者のかたなどが知っておくべき転倒リスクと具体的な対策について詳しく解説します。

緑内障患者さんのための転倒予防ガイド
緑内障と転倒予防

安全な毎日を送るためのインタラクティブガイド

なぜ緑内障患者さんは転倒しやすいのか?

緑内障による視野の変化は、ご自身が思っている以上に歩行の安全性に影響を与えます。特に、以下の4つの要因が複合的に関わり、転倒のリスクを高めます。下のグラフにカーソルを合わせると、各要因の詳細が表示されます。

この情報は一般的な知識を提供するものであり、個別の医療アドバイスに代わるものではありません。ご自身の健康状態については、必ず専門の医師にご相談ください。

緑内障と転倒リスクの関係

視野欠損が転倒に与える影響

緑内障による視野欠損は、転倒リスクを高める主要な要因となります。特に以下の理由から注意が必要です。

下方視野の重要性

緑内障では、下方視野(足元を見る視野)の欠損が起こりやすく、これが転倒リスクと深く関係しています。
歩行時に足元の段差や障害物を認識できないことで、つまずきや転倒が発生しやすくなります。

両眼視機能の低下

緑内障が進行すると、立体視(距離感の認識)が低下します。
研究では、緑内障患者さんの立体視閾値が健常者と比較して有意に増加すること(155.00±23.29秒角 vs 41.94±5.73秒角、P<0.001)が示されています(4)。
階段の段差や床の凹凸を正確に判断できなくなり、足を踏み外すリスクが高まります。

夜間・暗所での視機能への影響

緑内障患者さんは、暗い環境では健常者と比較してより低いコントラスト感度しか達成できないため、十分な視機能を得るまでに時間がかかります。
ただし、客観的な測定では明暗順応時間そのものは健常者と類似していることが報告されています(9)。
このため、暗い場所での転倒リスクが特に高くなります。

※明暗順応時間:
明るい場所から暗い場所に移った時、目が暗さに慣れて物が見えるようになるまでの時間のこと。映画館に入った時、最初は暗くて席が見えないが、徐々に見えるようになる現象と同じ。

転倒による深刻な影響

転倒は単なる怪我にとどまらず、以下のような深刻な影響をもたらす可能性があります。

  • 骨折(特に大腿骨頸部骨折)
  • 頭部外傷
  • 寝たきりのリスク増加
  • 転倒恐怖感による活動制限
  • QOL(生活の質)の低下

研究データが示す緑内障と転倒の関係

緑内障と転倒リスク

見過ごされがちな危険性:緑内障患者さんの転倒率と下方視野の重要性

📊転倒率の比較

🟢

健常者

20%

12ヶ月間で少なくとも1回転倒

🔴

緑内障患者さん

36%

12ヶ月間で少なくとも1回転倒

転倒リスク2.7倍
(調整オッズ比: 2.7, 95%信頼区間: 1.18-6.17)

⚠️進行した緑内障の危険性

進行した緑内障患者さんでは、健常者に比べて
転倒リスクがなんと約8倍も高くなります。

(調整オッズ比: 7.97, 95%信頼区間: 2.44-26.07)

⬇️下方視野障害の重要性

下方視野の欠損により
転倒率が1.57倍増加します。

(95%信頼区間: 1.06-2.32)

下方視野の悪化速度が速いほど、転倒リスクが高まります。
悪化速度が0.5dB/年速くなるごとに
転倒リスクが2.47倍に増加します。

🚀視野進行速度と転倒の関係

視野の悪化速度が0.5dB/年速くなるごとに、
転倒リスクは2.28倍増加します。

(95%信頼区間: 1.15-4.52)

🚨 **重要なポイント** 🚨
病気の現在の重症度とは独立して、
進行速度そのものがリスク要因となります。

多くの研究により、緑内障患者さんの転倒リスクの増加が科学的に実証されています。

具体的には以下のような研究結果が報告されています。

緑内障患者さんの転倒率

  • 12ヶ月間で緑内障患者さんの36%が少なくとも1回転倒したのに対し、健常者では20%であり、調整オッズ比は2.7(95%信頼区間1.18-6.17)(1)
  • 進行した緑内障患者さんでは転倒リスクが約8倍高くなる(調整オッズ比7.97、95%信頼区間2.44-26.07)(1)

下方視野障害の重要性

  • 下方視野の欠損により転倒率が1.57倍増加(95%信頼区間1.06-2.32)(2)
  • 下方視野の悪化速度が速いほど転倒リスクが高まる(0.5dB/年の悪化ごとに転倒リスクが2.47倍)(3)

視野進行速度と転倒の関係

  • 視野悪化速度が0.5dB/年速くなるごとに転倒リスクが2.28倍増加(95%信頼区間1.15-4.52)(3)
  • 現在の病気の重症度とは独立して、進行速度そのものがリスク要因となる(3)

日常生活での転倒予防策

住環境の整備

照明の改善

  • 廊下、階段、玄関の照明を十分に明るくする(11)
  • 人感センサー付きライトの設置(11)
  • 夜間照明の常設(特に寝室から洗面所への動線)

段差の解消・明示

  • 可能な限り段差を解消する(12)
  • やむを得ない段差には滑り止めテープや蛍光テープを貼る
  • 階段の手すりを設置・確認

床面の整理

  • 電気コードやカーペットの端など、つまずきやすいものを整理
  • 滑りやすいマットやスリッパの使用を避ける
  • 床に物を置かない習慣作り

歩行時の注意点

安全な歩き方の習慣

  • 足元をしっかり見ながら歩く
  • 歩幅を小さくして、ゆっくりと歩く
  • 不安定な履物(ヒール、スリッパ)を避ける
  • 滑りにくい靴底の靴を選ぶ

外出時の配慮

  • 明るい時間帯の外出を心がける
  • 慣れた道を選ぶ
  • 雨天時や夜間の外出は控える
  • 杖や歩行補助具の活用を検討

転倒恐怖感への対策

適度な運動の継続

転倒を恐れるあまり活動を制限しすぎると、筋力低下により逆に転倒リスクが高まってしまいます。

推奨される運動

  • 運動療法により地域在住高齢者の転倒率が21%減少することが示されています(プールされた率比0.79、95%信頼区間0.73-0.85)(10)
  • 複合運動プロトコルでは転倒を39%減少させる効果があります(発生率比0.61、95%信頼区間0.53-0.72)(11)
    • 座ったままでできる足上げ運動
    • 壁に手をついてのスクワット
    • 四つ這いでの足上げなどのバランス訓練

運動時の注意点

  • 無理をせず、できる範囲で継続する
  • 転倒の危険がない環境で行う
  • 必要に応じて家族や介護者の見守りを依頼

心理的サポート

転倒恐怖感は活動制限や社会的孤立につながる可能性があります。

  • 家族や友人とのコミュニケーションを維持
  • 必要に応じて医療機関での相談
  • 同じような状況の患者さんとの交流

以上はとても大事なことと考えられます。

緑内障治療の重要性

視機能の維持

転倒予防の最も基本的な対策は、緑内障の適切な治療により視機能を維持することです。

定期受診の重要性

  • 処方された点眼薬の確実な使用
  • 定期的な視野検査の受診
  • 眼圧管理の継続

白内障の影響

緑内障患者さんに白内障が合併している場合、白内障手術により転倒リスクの大幅な減少が期待できます。
研究では、白内障手術前に37%の患者さんが転倒を経験していたのに対し、手術後は7%に減少したことが報告されています(p<0.001)(12)。
また、白内障手術により転倒リスクが11%低下するという報告もあります(13)。
白内障手術の適応は、主治医との相談が必要です。

進行段階に応じた対策

初期緑内障の場合

  • 定期検査を継続し、進行の抑制に努める
  • 予防的な環境整備を開始

中期緑内障の場合

  • より積極的な環境整備
  • 歩行時の注意をより徹底
  • 家族への状況説明と協力依頼

進行期緑内障の場合

  • 歩行補助具の検討
  • より頻繁な見守りや介助
  • 専門機関での歩行訓練の検討
緑内障のグラデーション(当ホームページ記事より)

家族・介護者へのお願い

理解と協力

緑内障による視野欠損は外見からは分かりにくく、周囲の理解を得にくい場合があります。

家族にできること

  • 患者さんの見え方について理解を深める
  • 住環境の整備に協力する
  • 過度な制限ではなく、適切なサポートを提供
  • 定期受診への同行や服薬管理のサポート

緊急時の対応

  • 転倒時の応急処置方法の確認
  • かかりつけ医の連絡先の把握
  • 救急車を呼ぶタイミングの判断

追加の重要な情報

自宅での転倒リスク

研究によると、緑内障患者さんの転倒の71%は自宅やその周辺で発生していることが分かっています(5)。

このため、住環境の整備は特に重要です。

転倒恐怖感の影響

緑内障による視野障害は転倒恐怖感を増加させ、これが活動制限につながることがあります。
転倒恐怖感そのものも転倒リスクを高める要因となるため、適切な対処が必要です。

よくある質問

すべての緑内障患者さんが転倒しやすくなるわけではありません。
視野欠損の程度や部位、個人の身体機能などにより差があります。
しかし、適切な対策を取ることで転倒リスクを大幅に減らすことができます。

Q: 転倒が怖くて外出できません

A: 転倒恐怖感は理解できますが、活動制限により筋力が低下すると、かえって転倒リスクが高まります。
安全な環境での適度な活動を心がけ、必要に応じて医療機関にご相談ください。

Q: 運動はどの程度まで可能ですか?

A: 緑内障があっても、適切な注意のもとで運動は可能です。
転倒リスクの低い環境で、個人の体力に応じた運動を継続することが重要です。

まとめ

緑内障患者さんの転倒リスクは決して軽視できない問題ですが、適切な対策により大幅に軽減できます。

重要なポイント

  • 住環境の整備(照明・段差・床面の改善)
  • 安全な歩行習慣の確立
  • 適度な運動の継続
  • 定期的な緑内障治療の継続
  • 家族・周囲の理解と協力

転倒予防は、緑内障患者さんがより安全で質の高い生活を送るための重要な取り組みです。

過度に恐れることなく、適切な対策を講じながら、
可能な限り活動的な生活を維持していただけましたらと思います。

何か気になることがあれば、遠慮なく眼科医や医療スタッフにご相談ください。
患者さん一人ひとりの状況に応じた、より具体的なアドバイスを提供いたします。

参考文献

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(12) Harwood, R.H., Foss, A.J., Osborn, F., Gregson, R.M., Zaman, A. & Masud, T. (2005). Falls and health status in elderly women following first eye cataract surgery: a randomised controlled trial. British Journal of Ophthalmology, 89(1), 53-59. https://bjo.bmj.com/content/89/1/53
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(15) Ramulu, P., Swenor, B.K., Jefferys, J.L., Friedman, D.S. & Rubin, G.S. (2008). Visual impairment and postural sway among older adults with glaucoma. Investigative Ophthalmology & Visual Science, 49(12), 5253-5260. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18521027/
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Takeru Yoshimura, M.D., Ph.D.

たける眼科
takeru-eye.com
福岡市早良区「高取商店街」
西新駅/藤崎駅(福岡市地下鉄)

日本眼科学会 眼科専門医
医学博士(九州大学)

当ウェブサイトに掲載されている情報は、一般的な情報提供のみを目的としており、個別の医療アドバイスに代わるものではありません。ご自身の健康状態や治療に関するご質問は、必ず眼科専門医・医療専門家にご相談ください。

「症状」を“Googleする”:医療情報を正しくつかうために

https://takeru-eye.com/blog/04102021-never-google-your-symptoms/

目の炎症とは?

https://takeru-eye.com/ocularinflammation/

 

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