本記事は、2022年2月に公開した「新型コロナウイルス感染後の目:網膜血管障害」を、2025年8月現在の研究成果を踏まえて大幅に更新したものです。
「コロナに感染して以降、見え方に変化を感じる」「疲れやすくなり、パソコン作業が困難に感じる」
このような症状でお困りではありませんか。新型コロナウイルス感染症は、回復後も長期間にわたりさまざまな影響を及ぼすことが分かってきました。特に、目への影響は想像以上に深刻で、しかも長く続く可能性があることが研究で明らかになっています。
結論として、新型コロナウイルス感染後には、軽症の場合でも網膜血管に影響が生じることがあり、その影響は感染から1年以上経過しても続くことが確認されています。
目の血管が教えてくれること

目の血管は、体内で唯一、直接観察できる血管です。
そのため、全身の血管の状態を映し出す「窓」とも呼ばれています。
実際、脳神経外科や循環器内科、神経内科など、眼科以外の医師も診断の参考として眼底所見を活用しています。
近年、この「窓」を通じて、コロナ感染後の血管状態について重要な発見が相次いでいます。
2020年から2025年:研究の進展

初期の発見(2020年)
2020年5月、The Lancetに初めてCOVID-19感染後の網膜変化が報告されました1。
- 網膜の綿花状白斑(網膜虚血を示唆する変化)
- 網膜出血
当初は結膜炎や眼痛など、主に目の前方部分の症状が注目されていましたが、実際には網膜という目の奥の重要な部分にも影響が及んでいることが明らかになりました。

精密検査技術の活用(2021年〜)
その後、OCTアンギオグラフィー(OCTA)という検査技術を用いた研究が本格的に始まりました。
次のような重要な発見が報告されています2。
- 網膜血管密度の低下
- 中心窩無血管野(FAZ)の拡大
- その他の微小血管変化
この検査によって、網膜血管の状態をより詳細に観察できるようになりました。

網膜の中で最も重要な部位は「黄斑」です。その中心にある「中心窩」は、もともと血管が存在しない領域(中心窩陥凹=無血管野)であり、この部分に変化が生じると視力に大きな影響を及ぼします。

確実な証拠の蓄積(2022年)
2022年のメタアナリシス(複数の研究を統合した大規模解析)では、合計972人のCOVID-19感染者と401人の非感染者を対象としたOCTA解析が行われました3。
その結果、「コロナ感染後の網膜血管密度は統計学的に有意に低下する」ことが確立されました。
長期影響の判明(2023年〜2024年)
さらに重要な発見がありました。Frontiers in Medicineに発表された研究により、12ヶ月の長期追跡調査で、網膜血管密度の低下は感染から1年以上経過しても持続することが判明しました4。
この研究では、網膜血管密度の低下が、全身の炎症マーカー(CRP)や大動脈硬化、腎機能障害と関連していることも明らかになりました。
一方で、2024年のFrontiers in Immunologyの研究では、軽症COVID-19と重症例での違いも明らかになりました5。
軽症例の場合:
- 網膜の微小血管に変化が見られても、通常は一時的であり、2ヶ月以内に元の状態に戻ることが多い
重症例の場合:
- 血管密度やFAZサイズの変化が、永続的または長期間にわたって続く場合があります。
ただし、高血圧や糖尿病、再感染などの影響を考慮した、より厳密な研究が今後必要です。
特に注目すべきは以下の点です:
- 重症の方だけでなく、軽症だった方にも網膜血管の変化が認められます
- 成人だけでなく、子どもにも同様の変化が認められます(ただし、子どもの場合はより軽度です)。
- 長期間続くコロナ後遺症(long COVID)の症状(疲労感、ブレインフォグ、頭痛など)と網膜血管の変化との関連が示唆されている
現在の理解(2025年時点)

2025年の総説では、長期追跡研究が注目されています6。
この研究では、視神経乳頭と網膜微小血管への長期的な影響が詳細に検討されています。
COVID-19から回復した人に対して、定期的な眼科検査が重要であることを示しました。
網膜や視神経の合併症が、回復後も長期間続く可能性があることを裏付ける新たな証拠となっています。
また、コロナウイルス疾患と網膜動脈閉塞の関連についても言及されています7。
COVID-19の罹患後やワクチン接種後の人々において、網膜血管閉塞に対する臨床的な注意が必要であると推奨しています。
また、網膜血管閉塞の発症メカニズムを明らかにするため、より大規模な研究が必要であることも強調しています。
現在、コロナ感染後の網膜血管の変化について、次のようなことが明らかになっています。
発生メカニズム:
- 血管内皮細胞(血管の内側を覆う細胞)の障害
- 免疫系の過剰反応による炎症
- 微小な血栓の形成
全身への影響:
- 網膜血管の変化は、全身の血管状態を反映する指標となる可能性
- 炎症マーカー(IL-6、D-ダイマーなど)の上昇と相関
- 将来的な心血管疾患や認知機能低下のリスクを予測する手がかりとして活用できる可能性がある
症状について

コロナ感染で網膜に障害が起きた場合、以下のような症状が現れることがあります:
- 見づらさ
- ぼやけて見える
- ものがゆがんで見える
- 疲れ目が強くなる
- 集中力の低下
ただし、これらの症状は他の病気や要因によっても生じることがあります。
正確な診断には専門的な検査が必要です。
心血管系全体への影響

コロナ感染後の血管への影響は、目だけにとどまりません。
2022年の大規模研究では、COVID-19罹患群で以下のリスク上昇が示されました8:
脳血管の問題:
- 脳卒中
- 一過性脳虚血発作
心臓の問題:
- 不整脈(心房細動、洞性徐脈、心室性不整脈、心房粗動)
- 炎症性心疾患(心膜炎、心筋炎)
- 虚血性心疾患(急性冠動症候群、心筋梗塞、虚血性心筋症、狭心症)
- その他心疾患(心不全、非虚血性心筋症、心停止、心原性ショック)
血栓の問題:
- 肺塞栓症
- 深部静脈血栓症
- 表在静脈血栓症
なぜ網膜血管が重要な指標なのか

眼底の網膜血管は、心臓から出た太い血管が分岐して、非常に細くなった末梢血管です。観察しやすいことから「心臓への窓」とも呼ばれています。
心臓の血管と目の血管は多くの特徴を共有しており、同じような体質や生活環境の影響を受けます。
網膜血管の状態を調べることで、全身の血管の健康状態を推測します。
診断技術の進歩

現在使用されている主な検査技術:
OCT(光干渉断層撮影): 網膜の断層像を撮影し、構造的な変化を詳細に観察できます。
OCTA(OCTアンギオグラフィー): 造影剤を使わずに、網膜の血管の血流を画像として見ることができる技術です。血管の密度や血流の変化を、数値で詳しく調べることができます。
これらの検査は痛みを伴わず、短時間で受けることができます。

今後の展望と課題

研究の方向性:
- 予測ツールとしての活用 網膜血管の変化から、将来の心血管疾患や認知機能低下のリスクを予測できる可能性について研究されています。
- 治療法の開発 現在のところ、網膜血管の変化自体を直接治療する方法は確立されていません。そのため、全身の血管の健康を保つためには、生活習慣の改善が重要です。
- 長期フォローアップ 感染から数年経過した場合の変化や、回復の可能性について、さらなる研究が必要です。
臨床現場での活用:
現在、以下のような場合にOCTA検査が推奨されています:
- コロナ感染後に視覚症状がある場合
- 心血管疾患のリスクファクターを持つコロナ感染後の患者さん
- 長期間続くコロナ後遺症の評価
日常生活での注意点

コロナ感染後の網膜血管への影響を最小限に抑えるために:
(一般的な内容となります)
血管の健康を保つ生活習慣:
- 禁煙
- 適度な運動
- バランスの取れた食事
- 適正体重の維持
- 血圧・血糖値・コレステロール値の管理
目の健康管理:
- 定期的な眼科検診
- 適切な照明での作業
- パソコンやスマートフォンの長時間使用を避ける
- 十分な睡眠
まとめ

新型コロナウイルス感染症は、回復後も長期間にわたって網膜血管に影響を及ぼすことがあります。この変化は軽症の方にも見られ、感染から1年以上経過しても続く場合があることが分かっています。
重要なのは、網膜血管の変化が全身の血管の状態を反映する指標となることです9。
目の検査を受けることで、将来の心血管疾患のリスクを早期に発見できる可能性があります。
コロナ感染後に視覚症状や疲労感などが続いている場合は、専門的な検査を受けることを推奨します。
早期発見によって、適切な健康管理が可能となり、将来の健康リスクを軽減できる可能性があります。
現在も研究が進められており、より効果的な治療法や予防法の開発が期待されています。
最新の医学的知見を踏まえ、適切な診療を受けることが重要です。
参考文献
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