肥満治療薬マンジャロと目の関係:網膜症のリスク【2025年版】

「この薬で、健康的に体重を落としたい」

チルゼパチド(商品名:マンジャロⓇ、ゼップバウンドⓇ)は、肥満症の治療薬として、多くの患者さんの希望となっています。その高い体重減少効果が注目される一方で、「なぜ痩せるための薬が、目の病気と関係があるの?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。

実は、この薬がもたらす体の中の変化は、体重だけでなく、血糖値のコントロールにも深く関わっています。そして、その血糖値の急激な変化が、目の奥にある「網膜」に予期せぬ影響を与える可能性があるのです。

ご自身が糖尿病であると認識しているかどうかにかかわらず、肥満症の治療でこの薬を始めるすべての方に知っておいていただきたい、目に関する大切な情報をお伝えします。

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急激な「改善」が、目に影響を及ぼすことがある

チルゼパチド(マンジャロⓇ、ゼップバウンドⓇ)は、体重減少だけでなく血糖値を強力に改善する作用があります。この急激な改善が、目の網膜の状態によっては、かえって「糖尿病網膜症」という病気を進行させてしまうリスクがあることが、最新の研究でわかってきました。

  • もともと網膜に異常がない、またはごく初期の変化しかない方
    この場合、チルゼパチドによる良好な代謝コントロールは、将来的な網膜症の発症を抑える保護的な効果が期待できます¹。
  • 気づかないうちに、ある程度網膜症が進行している方
    肥満症の背景には、ご自身が気づいていない「かくれ糖尿病」や高血糖状態が隠れていることがあります。もし、すでに中等度以上の網膜症が存在していた場合、治療による急激な血糖改善が、網膜症を一時的に悪化させる引き金となる可能性が報告されています¹。

なぜ、体重を減らす薬が目に影響するのか?

この現象の鍵は、「血糖値の急激な低下」にあります。

長期間、高めの血糖状態にさらされた網膜の血管は、その環境にいわば「慣れて」しまい、血流を自律的に調整する能力が衰えています。そこにチルゼパチドのような強力な薬が作用し、血糖値が急激に正常化すると、網膜の血流バランスが崩れ、一時的に血流が不足する部分(虚血)が生じることがあります。

体はこれを危険信号と捉え、「血管内皮増殖因子(VEGF)」という物質を放出します。このVEGFは、新しい血管(新生血管)を作らせる信号ですが、この新生血管は非常にもろく、出血や網膜剥離といった深刻な視力障害の原因となります。

この一連の反応は「糖尿病網膜症の一時的悪化(Early Worsening of Diabetic Retinopathy, EWDR)」と呼ばれ、薬の副作用というよりは、体が急激な変化に適応する過程で起こる現象です²。この現象は、チルゼパチドだけでなく、インスリンによる強力な血糖降下療法でも古くから知られています³˒⁴。

最新データが示すこと

近年の大規模な臨床研究では、チルゼパチドを使用した患者さんのデータを解析した結果、治療開始時に網膜症がなかった方では、新たな網膜症の発症リスクが約27%低下した一方で、すでに中等度以上の網膜症があった方では、より重症な段階へ進行するリスクが約2.15倍に増加したと報告されています。

肥満症の治療を受ける方の中には、自覚症状がないまま網膜症が進行しているケースも少なくありません。そのため、「自分は糖尿病ではないから大丈夫」と考えるのは、実はリスクを伴う可能性があるのです。

これから肥満治療を始める方へ

チルゼパチドは、適切に使用すれば、肥満症とその関連疾患を改善するための非常に有効な治療選択肢です。その恩恵を安全に受けるために、最も重要なことがあります。

それは、治療を開始する前に、必ず一度、眼科で精密な眼底検査を受けておくことです。

眼科では、散瞳(瞳を広げる目薬)をして、網膜の隅々まで詳細に観察します。これにより、ご自身では気づくことのできない網膜症の初期変化や、治療によって悪化するリスクがないかを事前に評価できます。

もしリスクが認められた場合でも、治療ができないわけではありません。内科の主治医と眼科医が連携し、血糖値をより緩やかに下げるよう薬の投与量を調整したり、眼科での経過観察をより慎重に行ったりすることで、安全に治療を進めることが可能です。

体重を減らし、健康な体を取り戻すための治療が、かけがえのない視力を損なう結果とならないように。治療開始前の眼科受診は、未来の目の健康を守るための大切な第一歩です。


参考文献

  1. Bain, S. C., Pfeiffer, A. F., Smet, C. M., Snorgaard, O., Tildesley, H. D. and Gonder-Frederick, L. (2019) ‘Early worsening of diabetic retinopathy with rapid improvement in systemic glucose control: a review’, Diabetes, Obesity and Metabolism, 21(8), pp. 1711–1721.
  2. Buckley, A. J., Le, T. D., Rohde, R., Laursen, K., Thomsen, K. R., Larsen, M. et al. (2024) ‘Early worsening of diabetic retinopathy in individuals with type 2 diabetes treated with tirzepatide: a real-world cohort study’, Diabetologia.
  3. Hebsgaard, J. B., Pyke, C., Yildirim, E., Knudsen, L. B., Heegaard, S. and Kvist, P. H. (2018) ‘Glucagon-like peptide-1 receptor expression in the human eye’, Diabetes, Obesity and Metabolism, 20(9), pp. 2304–2308.
  4. Holman, R. R., Paul, S. K., Bethel, M. A., Matthews, D. R., Neil, H. A., Tucker, L. et al. (2008) ‘10-year follow-up of intensive glucose control in type 2 diabetes’, The New England Journal of Medicine, 359(15), pp. 1577–1589.
  5. Katz, B. J., Lee, M. S., Lincoff, N. S., Abel, A. S., Chowdhary, S., Ellis, B. D. et al. (2025) ‘Ophthalmic complications associated with the antidiabetic drugs semaglutide and tirzepatide’, JAMA Ophthalmology, 143(3), pp. 215–220.
  6. Marso, S. P., Bain, S. C., Consoli, A., Eliaschewitz, F. G., Jódar, E., Leiter, L. A. et al. (2016) ‘Semaglutide and cardiovascular outcomes in patients with type 2 diabetes’, The New England Journal of Medicine, 375(19), pp. 1834–1844.
  7. Simó, R. and Hernández, C. (2022) ‘GLP-1R agonists and diabetic retinopathy: a beneficial or detrimental effect?’, Diabetes, 71(3), pp. 363–372.
  8. The Diabetes Control and Complications Trial Research Group (1998) ‘Early worsening of diabetic retinopathy in the Diabetes Control and Complications Trial’, Archives of Ophthalmology, 116(7), pp. 874–886.
  9. Wykoff, C. C., Stewart, M. W., Gabbay, R. A., Sun, J., Marso, S. P. and Simó, R. (2023) ‘Diabetic retinopathy and rapidly improved glycemic control: insights from clinical trials on the role of glucagon-like peptide-1 receptor agonists’, Ophthalmology, 130(12), pp. 1284–1294.

Takeru Yoshimura, M.D., Ph.D.

たける眼科
takeru-eye.com
福岡市早良区「高取商店街」
西新駅/藤崎駅(福岡市地下鉄)

日本眼科学会 眼科専門医
医学博士(九州大学)

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