赤ちゃんの頃に未熟児網膜症(Retinopathy of Prematurity, ROP)と診断されたこどもの保護者の方から、「今後どうしたらいいでしょうか?」というご質問をお受けすることがあります。
未熟児網膜症は、未熟な状態で生まれた赤ちゃんの網膜血管が異常に発達する病気です。
通常、出生後数週間から数ヶ月の間に行われる定期的な眼科検診で発見されます。
重症化すると視力に重大な影響を及ぼす可能性があります。
見た目には変化がないように見えても、網膜には影響が残っていることがあります。
一度治療が終わったとしても、大人になってからも含め 生涯にわたる継続的な経過観察が必要な疾患です。
大きな病院でなくても、地域の小さな眼科でも適切な長期フォローアップをおこなうことができます。
国際的なガイドラインと研究論文に基づいて、下記のように診療をおこないます。

未熟児網膜症の長期的な影響
未熟児網膜症は、新生児期を過ぎてもこどもの視機能に長期的な影響を与えることが知られています。適切な治療を受けた場合でも、将来的に様々な眼科的合併症のリスクが高まります。
視力への影響
- 良好な視力は得られるものの、重篤な視力低下のリスクもある:
レーザー治療を受けた重症例の約65〜75%では良好な視力(20/40;0.5以上)が得られますが、
6〜10%の症例では20/200;0.1以下の重篤な視力低下が生じることがあります1, 5。 - 視力低下の原因:
黄斑部の牽引、網膜剥離、神経学的な合併症などが関与していると報告されています1, 2, 4。
重症例では、15年後の追跡調査でも視力低下が確認されています8。

屈折異常の問題


- 高頻度で近視を発症:
未熟児網膜症の既往があるこどもは、高頻度で近視を発症します。特にレーザー治療を受けた症例では、50〜77%で近視が生じ、その多くが強度近視(-6ジオプター以上)に進行します4, 5。 - 乱視・不同視:
乱視や左右の視力差(不同視)も高頻度で認められ、これらが弱視のリスクを高める要因となります3, 4。 - 抗VEGF薬治療と近視:
抗VEGF薬(ベバシズマブなど)による治療は、レーザー治療と比較して近視の進行が軽度である可能性がありますが、治療後長期にわたる再発や網膜虚血のリスクがあるため、より長期間の慎重な経過観察が必要です1, 7, 12。
また、抗VEGF薬治療を受けたこどもの神経発達への影響についても継続的な評価が重要です13。



その他の合併症
未熟児網膜症の既往があるこどもでは、以下のような合併症が高頻度に認められます1, 4, 7。
- 斜視: 30〜58%の症例で発症します。
- 弱視: 最大58%の症例で認められます。
- 白内障・緑内障: 一般のこどもと比較して発症リスクが高くなります。
- 眼振: 比較的頻度の高い合併症です。
- 網膜構造の変化: 黄斑部の牽引や血管異常などの網膜構造の変化は、視力予後と密接に関連しています2, 4。
周辺網膜の異常(格子状変性など)は、生涯にわたる網膜剥離のリスク因子となります10。
晩期網膜再活性化のリスクも考慮する必要があります14。 - 眼圧上昇・黄斑部肥厚: 年長児では眼圧上昇や黄斑部の肥厚が報告されており、将来的な緑内障や網膜機能障害のリスクが示唆されています3。


小さな眼科での未熟児網膜症の診療/長期フォローアップ
下記のように、未熟児網膜症の長期フォローアップをおこないます。
基本的な経過観察の方針
- 生涯にわたる定期的な眼科検査:
未熟児網膜症の既往があるこどもは、初期の重症度に関わらず、
大人になってからも含め、生涯にわたる定期的な眼科検査が推奨されます1-4。
アメリカ眼科学会(AAO)の推奨プラクティスガイドラインも参考になります11。 - 頻度: 年1回または年2回の眼科検査が基本となります。
検査項目と内容
以下の検査をおこないます1-4。
全ての眼科検査は、視能訓練士が担当します。
- 視力検査: 年齢に応じた適切な方法で、矯正視力の測定を行います。
- 屈折検査: 散瞳下での屈折検査(調節麻痺薬使用)は必須の検査項目です。
- 眼底検査: 網膜剥離や格子状変性、その他の網膜後遺症を検出するため、散瞳下での詳細な眼底検査を実施します。特に周辺網膜の異常に注意が必要です10,14。
必要に応じて、散瞳しない(瞳孔を開かない)眼底検査を選択することもあります。 - 斜視・弱視の評価: 両眼視機能や眼位の評価を定期的に行います。
- 眼圧測定: 緑内障のリスクを評価するため、眼圧測定を定期的に実施します。


年齢に応じた経過観察の頻度
- 乳幼児期(0〜6歳):
重症例や治療を受けた症例では、弱視の早期発見と急速に進行する屈折異常の検出のため、3〜6か月ごとの頻回な経過観察が必要な場合があります1, 2, 4。 - 学童期以降:
遅発性の合併症(網膜剥離、緑内障など)のリスクが継続するため、年1回の定期検査が基本となります1, 3, 4。
患者さんとご家族への知識共有
- 網膜剥離の症状: 急激な視力低下、飛蚊症など、網膜剥離の症状について患者さんとご家族に説明することが重要です1, 2, 4。
- 定期的な経過観察の重要性: 定期的な経過観察の重要性についても、十分な理解を得る必要があります1, 2, 4。
限られた資源の中での効率的な診療
小さなクリニックでは、限られた資源の中で効率的な診療を行う必要があります。
- 診療の優先順位:
散瞳下での屈折検査と眼底検査を最優先に実施します。
高度な画像検査や外科的治療が必要な場合は、適切な医療機関への紹介を行います1, 2。 - 登録・受診勧奨システムの構築:
未熟児網膜症の患者さんの登録システムや受診勧奨システムを構築し、継続的な経過観察を確実に行うことが望ましいとの記載があります1, 2。 - 他科との連携: 全身的な合併症や神経発達の問題を有するこどもでは、小児科や神経内科との連携も重要です。特に神経発達遅延がある場合、視覚障害は発達に複合的な影響を与える可能性があります1, 8, 9。
未熟児網膜症:長期的な合併症と対応
合併症・問題 | 発症頻度・特徴 | 小さな眼科での対応 |
---|---|---|
視力障害 | レーザー治療後6-10%で重篤な視力低下 | 年1回の視力評価、悪化時は専門医紹介 |
強度近視 | 治療眼の50-77%で発症 | 散瞳下屈折検査、早期の眼鏡処方 |
斜視・弱視 | 30-58%で発症 | 早期発見、視能訓練 |
網膜剥離リスク | 生涯継続、周辺網膜異常・晩期再活性化に注意10, 14 | 年1回の散瞳下眼底検査 |
緑内障・白内障 | リスク増加 | 眼圧検査、細隙灯検査 |
黄斑・網膜変化 | 視力予後と関連 | 経過観察、専門医との連携 |
まとめ
未熟児網膜症の既往があるこどもは、生涯にわたって眼科的な合併症のリスクを抱えています。
地域の小さな眼科でも、適切な知識と診療プロトコルに基づいた長期フォローアップができます。
定期的な検査による早期発見と適切な治療により、多くのこどもの視機能を保護し生活の質を向上させることが可能です。
国際的なガイドラインと信頼できる(査読済み)論文の知見に基づいた標準的な診療を行うことが大切です1-4, 11。
継続的な経過観察と適切な治療により、未熟児網膜症の既往があるこどもたちの未来を支えていくことが、地域の眼科の重要な役割と考えます。
参考文献
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