一般的な人間ドックでは、眼底写真が撮影されます。
これは広い網膜のうち、最も重要な黄斑部、視神経を含む狭い部分のみの評価となっています。

「最近、スマートフォンの文字が見づらい」「夕方になると目が疲れる」といった症状があっても、多くの方は「年のせいだろう」と考えがちです。
また、「目に特に症状はないけれど、念のため詳しく調べてもらいたい」というご希望をお持ちの方も少なくありません。
実際に診療で「目のことを全部調べてください」というリクエストをいただくことがあります。
しかし保険診療では、症状がない場合の包括的な検査には制限があります。
例えば、車の車検では、エンジンの調子が悪くなくても定期的に点検を行います。
目も同様に、症状がない段階での点検が重要と考えられます。
多くの目の病気は、気づかない間に進行していくためです。
日本人の失明原因第1位は緑内障で、40歳以上の約20人に1人が発症していることは、よく知られています。
Morizane, Y., Morimoto, N., Fujiwara, A. et al. Incidence and causes of visual impairment in Japan: the first nation-wide complete enumeration survey of newly certified visually impaired individuals. Jpn J Ophthalmol 63, 26–33 (2019). https://doi.org/10.1007/s10384-018-0623-4
緑内障を例にとると、この病気は症状がないまま進行することで知られています。
なぜなら、視神経が徐々に損傷し、自覚症状がないまま視野が欠けていくからです。
人間の脳は非常に優秀で、片目の視野が欠けても、もう片方の目でカバーしてしまいます。そのため、両目の視野がかなり狭くなるまで気づかないことが多いのです。

一度失われた視野は、現在の医学では元に戻すことができません。
しかし、早期に発見できれば、点眼薬などの治療により進行を遅らせることが可能です。
このような現状を受けて、眼科ドックを新しく整備することにしました。
開院以来、予防医療の重要性を考えてきました。
2025年で7年目を迎え、おかげさまで本当にたくさんの方々を診察させていただけるようになりました。
その中で改めて思うことは、症状が出る前の予防的検査の重要性です。

眼科ドックが必要な理由

症状がない段階でも進行する目の病気
建物の基礎にヒビが入っても、すぐには建物全体に影響が現れないように、目の病気も初期段階では自覚症状がほとんどありません。
緑内障は症状がないまま進行することで知られています。
40歳以上の日本人では約20人に1人、70歳以上では約8人に1人に発症します。視神経の損傷は不可逆的で、一度失われた視野は回復しません。
例えば、新聞を読んでいるときに一部の文字が見えなくなっても、脳が自動的に補完してしまうため、長期間気づかないことがあります。

糖尿病網膜症は糖尿病の三大合併症の一つです。
血管の壁が高血糖により傷つけられることを想像してください。

糖尿病網膜症:網膜の細い血管が詰まったり、出血したり、血管から水分が漏れ出したりします。
進行すると失明に至る可能性があります。
重要なことは、糖尿病予備軍と指摘された段階でも、すでに網膜症が進行している場合があることです。
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加齢黄斑変性は、カメラのフィルムにあたる網膜の中心部(黄斑)に障害が起きる疾患です。
50歳以上の約80人に1人の割合で見られます。
中心部の視力が低下するため、人の顔が見分けにくくなったり、文字が歪んで見えたりします。
時計の文字盤を見たときに、中心の時針が見えなくなるといった症状が特徴的です。

これらの疾患に共通するのは、「気づいたときには手遅れになりやすい」という点です。
しかし、定期的な検査により早期発見が可能であり、適切な治療により進行を遅らせることができます。
年代別に注意すべき目の疾患
人生のステージごとに、注意すべき目の問題は変化します。これは、家の築年数によってメンテナンスのポイントが変わることと似ています。
こどもと学生の時期では、近視の増加が世界的な問題となっています。現代のこどもたちは、以前と比べて近視になる割合が急激に増えています。
近視は単なる「メガネが必要な状態」ではありません。
将来的に緑内障や網膜剥離などの重篤な眼疾患のリスクを高めることが明らかになっています。


例えば、小学生が毎日2時間以上屋外で過ごすことで、近視の進行を抑制できるという研究結果があります。
また、読書や勉強の際に適切な距離(30cm以上)を保つことも重要です。
スマートフォンやタブレットの普及により「スマホ内斜視」という新しい問題も生じています。
長時間画面を見続けることで、眼球を動かす筋肉のバランスが崩れ、片方の目が内側に寄ってしまう状態です。その結果、ものがダブって見える複視という症状が現れることもあります。
同じ姿勢を長く続けることで、筋肉が硬直してしまうのと似た現象といえるかもしれません。

若年期では、眼精疲労が主要な問題となります。パソコンやスマートフォンでの長時間作業により、目の調節機能が疲労します。これは、長距離運転で目が疲れるのと同じメカニズムです。
ただし、眼精疲労は単なる疲れ目とは異なり、十分な休息をとっても回復しない状態を指します。頭痛や肩こり、集中力の低下などの全身症状も現れます。


40歳以上では、加齢に伴う様々な変化が現れ始めます。
白内障は、目の中のレンズである水晶体が濁る疾患です。カメラのレンズに曇りが生じるようなもので、視界がかすんだり、光がまぶしく感じられたりします。発症率は50歳代で約50%、60歳代で約70%、70歳代で約90%、80歳代でほぼ100%と、加齢とともに確実に増加します。

老視(老眼)は水晶体の弾力性が低下し、近くのものにピントを合わせにくくなる現象です。新聞を読むときに自然と腕を伸ばすようになったら、老視の始まりかもしれません。40歳を過ぎた頃から症状が現れることが多く、これは自然な老化現象です。

重要なのは、これらの年代別変化を理解し、適切な時期に適切な検査を受けることと考えられます。
保険診療の制限と自費診療での対応

保険診療で検査できない場合
「念のため、目のことを全部調べてください」というご希望は、患者さんとして当然のお気持ちです。
しかし、保険診療には一定のルールがあります。
保険診療は「病気の治療」を目的とした制度です。
そのため、医師が医学的に必要と判断した場合のみ検査を実施できます。
これは、限られた医療資源を効率的に使用し、本当に治療が必要な方に適切な医療を提供するためのルールです。
医師は検査が必要な理由とその結果の解釈を、カルテに詳細に記載する義務があります。
(もちろん今まで通り、人間ドックや検診で引っかかった・何か症状がある等の場合には保険診療が適応されます)
療養担当規則により、
症状がなく「健康かどうか知りたい」「念のため調べてほしい」という希望による検査は、健康診断とみなされ保険診療の対象外となってします。
例えば、頭痛や吐き気などの症状があり、医師が緑内障の可能性を疑った場合は保険で検査できます。
でも症状がない状態で「緑内障が心配だから検査してほしい」という場合は保険適用になりません。
「希望による検査」の実施については、医師は厚生労働省(地方厚生局)から指導されています。
保険診療の理解のために – 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/001322769.pdf
これは、患者さんの「安心したい」という気持ちと、保険制度のルールとの間で生じる課題と言えるでしょうか。
自費診療での包括的な検査
予防医療の重要性を踏まえて
患者さんの「全部調べてほしい」というご希望にお応えするためもあり、
自費診療による眼科ドックを、新しく整備しました。
自費診療では、医学的必要性の有無に関わらず、患者さんの希望に応じて包括的な検査を実施できます。
これは、人間ドックで胃カメラや心電図などの検査を受けるのと同じ考え方です。
眼科ドックでは、症状の有無にかかわらず、目の健康状態を詳しく調べることができます。
検査後は、単に「異常なし」という結果ではなく、検査画像を含めた詳細なレポートをお渡しするようにも整備できました。
レポートには、検査結果の説明だけでなく、今後注意すべき点や、次回の検査時期の目安なども記載しています。
人生100年時代における目の健康管理

現代は「人生100年時代」と呼ばれています。
本当に100歳まで生きるとすると、目も100年間働き続ける必要があります。
車を長く使うためには定期的なメンテナンスが欠かせないように、
目も長期間にわたって良好な機能を維持するためには、適切なケアが必要です。
視覚は私たちが得る情報の約80%を担っており、日常生活の質を大きく左右する重要な機能です。
例えば、読書や映画鑑賞、家族の顔を見ること、料理をすること、外出して景色を楽しむことなど、人生の楽しみの多くは視覚に依存しています。
また、現代社会では高齢になっても働き続ける方が増えており、職業生活においても良好な視力は不可欠です。
加齢に伴い様々な眼疾患のリスクが高まる中、
「症状が出てから治療する」という従来の考え方から、
「症状が出る前に予防する」という考え方への転換が求より重要と考えられます。
近年、「アイフレイル」という概念が注目されています。アイフレイルとは、加齢に伴う目の機能低下が、日常生活に支障をきたし始めた状態を指します。例えば、階段でつまずきやすくなったり、夜間の運転が不安になったりするのも、視機能の低下が関係している可能性があります。
アイフレイルは身体のフレイル(虚弱)よりも早期に現れることが多く、放置すると認知機能の低下や要介護状態につながるリスクがあります。しかし、早期に発見し適切に対処することで、進行を遅らせることが可能です。

症状がない段階での検査は、将来の視機能を守るための重要な「先行投資」と考えることができます。早期発見により、多くの眼疾患は進行を遅らせることが可能であり、結果的に生涯にわたって良好な視力を維持できる可能性が高まります。
眼科ドックの特徴

完全予約制での対応
眼科ドックのみ、完全予約制で実施することとしました。
インターネット予約枠を平日の午前中と午後2時からの時間帯に設けており、十分な時間をかけて検査を行います。
眼科診療は時間が読めない特徴がありますが、検診は時間通り終わります。
視能訓練士による専門的な検査
視能訓練士が、すべての眼科検査を担当します。
視能訓練士は国家資格を取得した眼科検査の専門家であり、高い精度での検査を実施できます。
日々学びを続けるスタッフにより、高水準な検査を行います。

充実した検査項目
眼科ドックでは、すべての眼疾患を網羅した充実した検査項目を用意しています。
視力検査、眼圧検査、視野検査、眼底検査、光干渉断層計(OCT)検査など、最新の検査機器を用いて包括的に目の状態を評価します。
例えば、スマホ内斜視の診断には眼位の詳細な検査が重要です。
眼底検査では、瞳孔を開かない超広角眼底撮影の「ミランテ」を用います。
従来の眼底カメラと比較して、より広範囲の網膜を一度に撮影することができ、周辺部の病変も見逃すことなく検出できます。


視能訓練士が行う検査により、兆候を早期に発見することが可能です。
異常発見時の継続的なフォロー
検査で異常が発見された場合、後日の保険診療による早期治療につなげることができます。
九州大学病院をはじめとする基幹病院との連携体制を整えており、さらなる精査や専門的な治療が必要な場合でも、適切な医療機関を紹介できます。
失明リスクの高い疾患への対策
日本人の失明原因を調査した研究によると、失明リスクの高い疾患は以下の通りです。
再度、岡山大学眼科の森實先生の論文からの引用です。
第1位:緑内障(約28.6%)
進行性で視野が徐々に狭くなり、気づきにくい特徴があります。
第2位:網膜色素変性症(約14.0%)
遺伝性疾患で、夜盲、視野狭窄、視力低下をきたし、進行すると失明に至ります。
第3位:糖尿病網膜症(約12.8%)
糖尿病の三大合併症の一つで、進行すると網膜出血や新生血管、網膜剥離などを起こし失明リスクが高くなります。
第4位:加齢黄斑変性(約8.0%)
高齢者に多く、中心視力が障害されます。進行すると重度の視力低下や失明をきたします。
Morizane, Y., Morimoto, N., Fujiwara, A. et al. Incidence and causes of visual impairment in Japan: the first nation-wide complete enumeration survey of newly certified visually impaired individuals. Jpn J Ophthalmol 63, 26–33 (2019). https://doi.org/10.1007/s10384-018-0623-4
これらの疾患はいずれも早期発見・早期治療が失明予防に極めて重要です。



角膜疾患とドライアイへの対応
角膜(黒目)は、表面が滑らかで透明であること、内側の細胞数が十分あること、形状が正常であることが重要です。

コンタクトレンズユーザー、屈折矯正手術の既往がある方、パソコンやスマートフォンでの作業が長時間に及ぶ方、室内が乾燥している環境にいる方、喫煙やまばたきが不十分な生活習慣がある方は、定期的なチェックが必要です。
ドライアイなどの角膜疾患は、適切な診断と治療により症状の改善が期待できます。


眼精疲労の適切な評価

眼精疲労の原因として、度数の合わない眼鏡の使用、老視(老眼)への未対応など、不適切な条件での作業が挙げられます。眼科ドックでは、眼精疲労の原因を詳しく調べ、適切な対処法を提案します。

まとめ

目の病気は症状がない段階でも進行することが多く、気づいた時には治療が困難になっている場合があります。
特に緑内障は日本人の失明原因第1位であり、40歳以上では約20人に1人が発症するにも関わらず、初期は自覚症状がほとんどありません。
定期的な眼科ドックにより、症状が現れる前に疾患を発見し、適切な治療を開始することで、将来の視機能を守ることができます。
人生100年時代を迎え、いつまでも良好な視力を維持するためには、予防的な検査が重要な役割を果たします。
完全予約制の眼科ドックでは、視能訓練士による専門的な検査により、包括的な目の健康状態を評価します。